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最下位見習い騎士が、異国の王女に仕えることになりました。
最下位見習い騎士が、異国の王女に仕えることになりました。
chelsea
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年03月25日
公開日
3.7万字
連載中
セミディアル王国の騎士養成所に入学した戦災孤児のジュリオールは、成績も芳しくなく、騎士としての道に疑問を抱きながら日々を過ごしていた。そんな彼に、ひょんなことから王国の内情を伝えるための秘密任務が課せられる。それは、同盟国ボアジェクから派遣された気の強い若き王女、マリアンデールの護衛兼世話係として、彼女と共に外交交渉の現場に赴くというものだった。

第一話 騎士になりたくない俺、成績ワーストでついに退学か?

「こりゃ‥‥‥さすがの俺もまずいかな」

ここはセミディアル王国の国境近くにある町にある騎士養成所である。校内の廊下の一画、掲示板に張り出された紙の前には、白地にブルーのラインの入った制服を着た、たくさんの青年達が集まり、様々な感想を口にしている。その中の一人‥‥‥赤毛の青年は、ため息をついていた。

理由は、先日行われた試験の結果である。縦書きに百人近くの名前が書いてあり、上から順に成績が良い。

「‥‥いいかげん、首になるかもしれないな ‥まー、いいんだけどさ」

やれやれと肩をすくめて、その場を離れ様とくるっと後ろを振り向いた。

「よう、景気はどうだ?」

「んー?」

赤毛の青年‥‥‥ジュリオは、同期で入ったギルバートの顔を見て、唸り声をあげる。

「まあまあかな」

「そうなのか?」

ギルバートは成績表を指で上から順に追っていく。一番下にある赤字で書いてあるジュリオの名前でピタと指を止めた。

「馬術28点、体術17点、剣術25点‥‥ ‥こりゃ、養成所始まって以来のひどい成績だ。お前、ブライアン団長に睨まれてるからな」

「運が悪かっただけさ。勝負は時の運て、言うだろ? 我が力、わずかに及ばずって事さ」

「わずかねぇ‥‥」

「まあ、そういう事にしといてくれよ」

いいかげん面倒になったジュリオは、ギルバートを放っておいて、先に歩き始める。

ジュリオ達の通うこの養成所は、将来の騎士団を背負う才能のある若者達を国中から広く集めたものである。当然の事ながら、入学するにはそれなりの試験を通過しなければならなかったが、戦災孤児は唯一の例外とされ、十六歳になれば半強制的に入学させられる。ジュリオもその口で、彼が十歳の時、隣国オストファーレンとの戦いで両親は死亡しており、意思とは関係なくここに入れられた。

むろん、いかに戦災孤児の特権とは言っても、面接試験はあった。簡単な筆記試験の後、ジュリオは、目の前にずらりと並ぶ七人の試験官達に向けて、こう言った。

『騎士になる目的ですか? そうですね。それはやっぱり自分が食べる為でしょう』

ジュリオの返答に、試験官達は眉をひそめた。

『‥‥ジュリオール君、それはどういう意味かな?』

副騎士団長であり、試験審査官の一人であるブライアンは、遺憾の念を穏やかな口調に隠して聞いた。叩き上げの騎士である彼は、士官学校制そのものに否定的であり、ましてや、他の諸国に対しての政治宣伝の為だけの戦災孤児の入学に関して、常に反対の意見を述べる立場にあった。

『どうって‥‥‥その通りの意味ですが?』

しれっとした顔で答える。

『食べる為、そんな答えをした者は初めてだ。この国の若者のほとんどは、オストファー レンとの戦いに、国の将来を愁いてというのにな』

ブライアンは机に頬杖をつき、ジロとジュリオを睨んだ。

『そう言われるからには、確かにこの面接を 受けた者は、そう答えたのでしょうね。け れども、それは結果と原因が逆なんではな いですか?』

『何だと?』

『手品師のよくやるトリックと同じですよ』 ジュリオは頬をぽりぽりとかく。

『つまりですね、試験を受けた者の全員がそ う答えたのは、そういう思想の者だけを予 めに選んでこの試験に望ませたからです。 無作為に選んだ若者の考えとは程遠い‥‥ ‥作為的な言論統制に他なりませんよね、 はは』

『‥ぐ‥‥』

ブライアンは怒りに唇を戦慄かせる。

『では‥‥‥君は‥‥‥この情況に何も感じ ないといのか?』

『はあ、国の将来ですか‥‥自分は戦災孤児 なので、あまり他の事を考える余裕はあり ませんでした。なにしろ、あそこの食事は ひどく粗末なものでしたので‥‥‥』

ジュリオは肩をすくめた。試験官達は、小声で罵りの声をあげる。

『だからもし仮に自分が何か努力出来るとす れば‥‥‥自分の様な怠け者の孤児が食べ るのに困らない国にしたい‥‥‥そう思っ ています。戦争なんてしてる場合じゃない と思っただけです』

『けしからん!』

ブライアンは机から身を乗り出して拳を机に叩き付ける。ドン!という重い音が、薄暗い室内に響き渡る。

『お前の様な志の無い奴が、この場に臨んで いる事は言語道断!』

辺りから、ブライアンに同意する声が飛ぶ。『じゃあ、失格にして下さいよ。別に頼んで ここにいる訳じゃないんですから』

ジュリオは腕組みして、足を組んだ。

”ふむ”

それまで黙って聞いていた試験官の一人、クライスが、場に発言を求めて静かに手をあげる。ざわついていた室内は、次第に静けさを取り戻していく。ブライアンも憤慨を圧し殺す様に、席についた。

”ジュリオ君、努力と言ったが、見た所、君 の成績は良いとは言えない様だが?”

クライスは瞳の見えない細長い眦で、じっとジュリオを見つめる。

『はい、どうも勉強は苦手で‥‥‥』

今度はクスクスという笑い声が、試験官達の後ろに座っている騎士見習いの座る傍聴席からあがりだす。

”なるほど‥‥では最後に一つだけ聞くが‥ ‥‥君は君自身のその言葉を本当に信じて いるのかね?”

『自分は‥‥‥信じたい‥‥‥と、思ってい ます』

そうして、面接は終わった。本人も含めたその場に居合わせた者のほとんどが、不合格になる事を信じて疑わなかった。

『嘘だろぉ~』

が、蓋を開けてみれば、ジュリオは入学を許可され、士官学校の生徒になっていた。

「人生なんて分かんないもんだな‥‥俺が、 こんな所にいるなんて‥‥‥」

本心を言えば、ジュリオは騎士にはなりたくなかった。実際、面接で試験官達の不評を買う様な発言を繰り返してたのは、わざとの事である。それが、自分でも気づかぬうちに、答弁に熱が入っていた。

あの時はどうかしてた‥‥‥面接を思い返す度に、ジュリオは心の中でそう締め括っていた。

「そう、しけた顔するなよ」

ギルバートに背を押される。名門貴族の出である彼は、ジュリオとは違い自分の意志で、学校に入学している。自分とは違い、いくらでも将来の選択肢のある身でありながら、敢えて騎士の道を選んだ事を、ジュリオは信じられずにいた。そう思ってみれば、制服も似合っている様に見えた。

「そうだ、これから飲みにでも行くか?」

「お前ね‥‥‥一応、俺達は未成年なんだぞ」「十七歳はもう大人さ。うまい黒ビールがあ るんだ。それに気晴らしになるんだ。少し ぐらい飲んでもバチは当たらないだろ」

「んー、悪いけど、学長に呼ばれてるんだ」「呼び出しか‥‥‥やれやれ、学校始まって 初の落第者が出るか」

「言ってろ」

片手をあげてギルバートと別れる。生い立ちも性格も趣味も全く違ってはいたが、入学式で隣の椅子に座ってから、奇妙にも仲は続いていた。

「落第か‥‥‥やめられるから丁度良かった と言えば、丁度良かったんだが‥‥‥ちょ っとかっこ悪いよな」

ポケットに手を入れ、廊下を歩いていく。すれ違う生徒達は、誰もが颯爽としており、野暮ったい自分とは全く違って見えた。

「やれやれ」

学長室の黒い扉を前に、ジュリオは衿をただす。

「見習い騎士、ジュリオール、ラナックです」”入りなさい”

「失礼します」

把手に手をかけて戸を開けた。

広い室内には、窓に背を向ける様に、大きな机が一つだけある。部屋の端には、王国の旗と、よく使いこまれた鎧がたてかけてある。学院は国境近くにあり、有事の際には、砦としての用途もあった。椅子に座っている四十ぐらいの痩せた男は、面接官の一人であったクライスである。他の試験官達が否の判定を下したが、唯一クライスだけはジュリオの入学に合格の判を下した。それだけではなく、試験官が持つ、一人の推薦枠を使い、ほとんど強引なまでに入学させたのである。普通なら、ここで多大な恩義を感じもよさそうなものであったが、件の理由からジュリオは迷惑がっただけであった。またクライスもその事を口にする事はなかった。

「今回の試験の事でしょうか?」

言われる前に自分からきりだす。クライスはジュリオが接しにくい人物である。

「そうではない」

立ち上がり、後ろ手にゆっくりと窓際に立つ。

「実は、今度、ボアジェク王国との同盟が決 まった」

「ボアジェクと?‥‥‥はて、何でまた」

ジュリオは首を傾げた。

件のボアジェク王国は、大国であるこのセミディアルと、オストファーレンとの間に挟まれた小国である。国力の不足を中立の立場をとる事でどうにか生き長らえてきていた。「本当ですか?」

「まだ非公式ではあるがな。この事を知って いるのは、ここでは私とブライアン団長、 そして君の他にはいない」

「しかし、どうしてそんな事を自分に?」

思っていた事をそのまま口にしてみた。

「うむ、その事で一つ‥‥‥君に頼みたい事 があってな。とても重要な任務だ」

「重要な任務?、自分にですか?‥‥‥あい かわらず物好きですね‥‥」

クライスの言葉を聞いてますます訳が分からなくなる。

「任務というのは他でもない‥‥‥」

クライスは手を組んだまま、顔だけをジュリオに向けた。

「同盟するにあたって、このセミディアルの 内情を知ってもらう為に、ボアジェクの者 が、滞在する事になった」

「‥はあ‥」

「滞在の間、君にはその案内係になってもら いたい」

「‥‥案内係‥ですか‥‥」

「そうだ。言わばセミディアルの代表として 接する訳だ。粗相の無い様にな」

「‥‥命令なら‥‥‥やりますけど‥‥‥」

ジュリオは上目遣いにぽりぽりと頬をかく。「結構、重要な事だし‥‥‥他の人じゃいけ ないんですか?」

「うん?‥‥‥君は面接の時、こう言ったな ‥‥自分の様な者が食べるのに苦労する事 の無い国をつくる為なら、努力出来ると」

「まあ、あの時は‥‥」

ものの弾み‥‥‥とは、今さら言える訳もなく、ジュリオはため息をつく。

「最後に君は、いつかそうなる事を信じてい る‥‥‥信じたいと‥‥‥だから私は、君 のその言葉を信じたいと思った‥‥‥それ が理由では不服かね?」

「‥‥いえ‥‥閣下がそう言われるのでした ら、自分に異存は‥‥‥あるんですが、あ りませんよ」

「そうか、ではしっかり頼むぞ」

クライスにワッペンを渡される。V状に、二本の赤のラインが入ったそれは、特務官の印である。

「これから君は、通常の全ての任務から解放 される」

「‥‥‥」

ジュリオは手のひらのワッペンをじっと見つめた。

「では、さっそくこれを付けて学内の迎賓館 の方に出向いてくれ」

「え、もう到着してるんですか?」

「先方は早朝に到着している。細かい指示は 追って出すから、そのつもりでいてくれ」

「はあ‥‥‥しかし‥‥」

「ん?」

クライスは普段は見えない細い目で、じろとジュリオを睨んだ。

「い、いえ、失礼します」

「うむ」

軽くお辞儀をしたジュリオは、すぐに重い雰囲気の漂う部屋をあとにする。

「ふー、やれやれだな」

扉が完全に閉まった事を確認してから、深いため息をついた。

「これは面倒臭い事になったぞ。そもそも、 ここらで退学になって、晴れて自由の身に なる計画だったのになぁ」

ワッペンを衿に付ける。

「しかしだ‥‥‥ものは考え様かもしれない な‥‥‥」

どうしようかを考え始めたが、校舎の外れにある迎賓館に向けて歩きだした時にはもう心の整理がついていた。

「通常任務から外れるという事は、あの欝陶 しい剣術訓練や乗馬訓練をしなくてもいい って事だ。親善大使と適当にお茶を濁して れば、それでいいんだからな‥‥何か失敗 でもやらかせば、それはそれでよしってね ‥よしよし‥‥‥」

すっかりその気になったジュリオは、にこにこ顔で足取り軽く廊下を走っていく。

「よおジュリオ、どうだった?」

途中、ギルバートを含めた何人かの顔見知りとすれ違ったが、

「ま、ぼちぼち」

軽く聞き流し、すたすたと歩いていく。

「さて」

オストファーレンとの国境近くに位置するこの町は、騎士の養成学校をはじめとして他にも様々な施設がある。

ジュリオの目の前には、無意味な程に装飾の施された、小さな城があった。

それは国王滞在の為の居所として造られた迎賓館と名づけられた建物で、外観だけでなく、内装も王家の者の居場所としてふさわしい華美なつくりとなっていた。普段は王都の役人が使用し、ジュリオの様な身分の者が中へ入る機会はほとんどなかった。

「見習い騎士の身で入れるとは‥‥‥運がいいのか、悪いのか‥‥‥」

ジュリオの到着に、背丈の倍はある大きな扉が厳かに開かれる。

「どうも」

衛兵に頭をさげ、中へと進んだ。

「こりゃまた‥‥‥」

中庭の噴水に立つ、金色の白鳥の像を見て肩をすくめる。奥に見える建物の窓枠にも金色のラインで囲まれていた。

「いわゆる成金趣味って奴かな‥‥‥税金の 無駄遣いも甚だしい。少しぐらいまわして もらいたいもんだ」

夏という事もあり、中の扉は開け放たれていた。ジュリオは動じる事なく入り口を通って口笛を吹く。

「ここだけで、俺の借りてるボロ家の何倍も広い」

溝の入った柱を手でなぞり、感慨深げに呟く。

「誰かと思えば、お前か!、ジュリオール!」

「う!‥‥‥ええ、まあ、そう言われて来たんですけど」

受け付けらしき場所でブライアン団長に呼び止められる。

「大使はここを突き当たりの部屋におられる これが部屋の鍵だ」

「鍵?」

「では‥‥‥」

「ちょ、ちょっと!」

立ち去ろうとした騎士を、今度はジュリオが止める。

「何だ?」

「いや‥‥‥その、まだ何の説明も聞いてないんですけど」

「別に、説明する事など何もないと思うが? お前は世話係なんだから、言われた通りに していればいいんだ」

ブライアンはジュリオを睨んだ。

「世話係?」

何か話が違うな‥‥‥と、首を傾げる。

「仕方がない。では同行するとしよう」

「お願いしますよ」

ブライアンはそれだけ言うと、先に立って歩き始める。

「何なんだろうな‥‥」

ひとりごちる。

「‥どうやら特務っての は、大使の世話係 みたいだな」

頭をかいて、それからブライアンの後ろを歩く。


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