「転校生を紹介する。入れ」
ガラガラと横開きの扉を開ける。
とある私立の小中一貫校、初等部の教室に、チェビルは入った。
服装はあのときのまま、即ち紺のブレザーである。
ホワイトボードには既にチェビルと名が書いてある。
「チェビルです。親の仕事の都合で、ソドム島の外から来ました。まだこの辺りのこととか知らないことだらけなので、教えてくれると嬉しいです」
軽く会釈をすると、教室中から拍手が鳴り響いた。
ジャージ姿の女性の担任教師ソラオ・ライナが「じゃあチェビルくん。あそこの席に座って」と言った。
学校という場所は初めてだ。
チェビルは緊張しつつ、担任が指し示した席に向かう。
隣のエルフの少女が「よろしくね、チェビルくん」と言った。
チェビルは無理やり笑顔を作りながら、
「ああ。よろしくオーガイさん」
まだ名乗られていない同級生の名を、告げた。
◆
チェビルは休み時間にクラスメイトたちから質問攻めにあった。
島の外はどんなだって?
親は何の仕事をしているだって?
勉強は得意か、運動は得意か?
予め用意していた回答をスラスラと読み上げるチェビル。
本当は島の外なんか知らないし、両親はいない。
この小学校にだって親の仕事ではなく、チェビルの仕事で来ているのだ。
OJT――オン・ザ・ジョブ・トレーニング――という奴である。
指導するのは隣の席でニヤニヤしているエルフの少女。
……俺は本当に11歳だが、オーガイはギリギリ10代という年齢だ。
バラしてやろうか、と思ったがそれをして困るのは自分だ、とチェビルは思いとどまる。
この1ヶ月の間で、チェビルは新人研修を終えた。
もちろん普通のビジネスマンになるための研修ではない。
小学五年生までの勉強はまあなんとかなった。
だが銃火器の扱いや格闘訓練、果ては爆弾の操作や解除などなど……この仕事がいかに危険か、叩き込まれている。
人事部第一課特殊作戦群第三班、それがチェビルの現在の所属である。
企業が抱える非合法工作員同士の暗闘はソドム島では日常茶飯事だ。
アルマンドグループ所属のエージェントたちが所属する人事部第一課特殊作戦群、その第三班にはチェビル以外に3人のメンバーがいる。
逆に言えば4人しかいない、とも言えるのだ。
潜入任務にチェビルとオーガイ、そしてバックアップに2人。
相棒をこんなところで失うわけにはいかない。
過酷な任務に対して精鋭だけを投入する、無駄のない人員配置が我が社のモットー。
怒りに任せてオーガイの年齢を暴露するのは、愚行としか言いようがなかった。
◆
短い昼休みだが、教室からは多くの児童が校庭に出払っており、ボール遊びをしていた。
屋上からそれを眺めつつ、横のオーガイにチェビルは問うた。
「本当にこの学校に秘密工場なんてあるんですか、オーガイさん?」
「あります。それを探し出して破壊するのが、私たちの仕事ですから」
なぜある、と断言できるのか。
それは予め他部署が、金と物の流れを調査して行き着いたのがこの学校だから、である。
「何かの間違い……というわけじゃないんですよね?」
「ええ。裏はちゃんと独自に取ってあります。この学校……特に初等部にあります。確実ですよ、他部署の事前調査も私たちの調査も、この小学校が黒と出ましたから」
「そうですか……」
しかしチェビルから見たら小学校は平和そのものである。
一体、どこに他社の秘密工場が隠されているというのだろう?
オーガイはクルリとスカートを翻しながら校庭に背を向けた。
「それじゃあ頑張ってください、チェビルくん」
「丸投げですか、オーガイさん? OJTじゃないんですか」
「実務を通じて経験を積む……立派にOJTですよ。フォローは私がします。自由にやってみてください」
すげなくオーガイは屋上から立ち去った。
チェビルは大きなため息をひとつ吐き、
「厳しいなあ」
愚痴をこぼしながら自分も屋上を後にする。
向かう先は教室。
取り敢えず昼休みはもうすぐ終わるため、調査は放課後になる。
チェビルは先日まで新人研修で叩き込まれた勉学の内容を思い起こしながら、教室へと歩き出した。