「遅かったですね。チェビル」
「な、誰だ!? ていうか服、服を着てくれ!!」
「……ああ。服ですか、面倒ですね」
「面倒でも!!」
眠そうな目をしたエルフの少女は、腰掛けていた椅子から立ち上がり、無造作に歩き出す。
大事なところがチラチラ見えてしまっているが、大丈夫だろうか。
チェビルの心配をヨソに、エルフの少女はリビングの床に落ちていた毛布をくるりと肩からマントを羽織るように巻き付けた。
「これでいいですか?」
「服はないのかよ……いや、それよりオーガイさんは?」
「私ですけど」
チェビルは少女の言葉に、たっぷりと十秒ほど固まってから、「いやいやいや」と手を振った。
「オーガイさんだよ。本社の人事の偉い人。お前……っていうか誰だか知らないけど、エルフじゃないし、女でもなかった」
「あれ義体ですから。これ、見てください」
リビングの中央に鎮座していた機械のお化け、そのハッチのような部分を開けると、なんとスーツ姿のオーガイが様々な色のケーブルに繋がれて横たわっているではないか。
オーガイの各部にはあろうことか肌がめくれ上がり、コネクタのソケットが見え隠れしている。
「義体を見るのは初めてですか? 見ての通り、私は小柄だから舐められることが多いんです。社では義体で通勤しているんですよ」
「え、義体? それが?」
義体といえば、チェビルの中では欠損した部位に付ける義手や義足などのイメージが強い。
生身の肉体より機械でできた義手・義足の方が性能が優れていることから、五体満足でも敢えて義肢に乗り換える者もいる。
しかしこれは……根本的に違う。
眠そうな目をした少女――オーガイが告げる。
「全身義体です。遠隔操縦型の最新式モデルですね。で、この身体が私本体です。一応、機械化しているけどほぼ生身ですよ」
「あ、ああ。分かった。そうか、君がオーガイさんだったわけだ」
「そう言ってます」
トテトテと椅子に戻り、マグカップのコーヒーを啜るオーガイ。
エルフなんて初めて見るチェビルは、立ち尽くすしかなかった。
「…………。あ、飲みますか?」
「え? いえ。俺まだコーヒーって苦くて……」
「これホットココアですから。甘くて美味しいですよ」
「そう、なんですか。じゃあいただきます」
袋からココアの粉末を入れて、ポットからお湯を注がれたマグカップからは甘い匂いが漂ってきた。
断じてオーガイが飲んでいるものとは違う気がする。
チェビルはリビングの壁に寄りかかりながら、差し出されたホットココアをチビチビと舐めるようにすする。
オーガイはコーヒーが飲めない自分のために、嘘をついてココアを淹れてくれたのだろうか。
……優しい、のか?
慇懃なビジネスマンだと思っていたオーガイが、実はエルフの少女だったという理解を超える事態に、チェビルは困惑していた。
ともあれ無言はいたたまれないし、落ち着かない。
「あの……オーガイさん。俺の新しい仕事ってなんですか?」
「チェビルの仕事ですか? 社に着いたらでいいでしょう」
「でも……」
「今はプライベートな時間です。ゆっくりとコーヒー……いえココアを味わいましょう」
「…………はい」
今コーヒーって言ったな、とチェビルは聞き漏らさなかった。
やっぱりオーガイはコーヒーが飲めるらしい。
見た目はチェビルと変わらない年頃だが、エルフは長命だから年齢と外見が一致しないとチェビルも聞いたことがある。
だが女性に年齢を問うのは失礼に当たる、とも聞いたことがあった。
……そうだ、名刺。
ポケットを探ろうとして、作業着でないことに気づいた。
オーガイの名刺は作業着のポケットの中だ。
名刺に年齢が印字されていたかどうかは忘れたが、珍しい真っ白い名刺を、なんとなく手元に置いておきたいという気持ちがあった。
「オーガイさん。俺の作業着ってどこにあります?」
「汚いので捨てました」
「えっ」
「それがなにか? 作業着は社の支給品ですし、もうチェビルには不要なものですが」
「あ、あー……そうですか」
小首を傾げたオーガイになんと言えばいいのか分からなくなったチェビルは、少しだけぬるくなったココアを一息に飲み干した。