新たなエネルギー資源であるリアライトという鉱石の発見により、世界に革命が起こった。
高濃度の魔力を内包するリアライトは、魔導具のエネルギー源に最適であり、これまでの常識を覆す発明が数々、世に送り出されることとなった。
しかしリアライトの発見者であるリアラ・クラテール博士は、死の間際に不吉な予言を残している。
「リアライトを世に出したのは間違いだった。人類は史上最悪の苦難に直面するだろう――……」
だがクラテール博士の予言は、リアライトによる多くの発明品に埋もれてしまった。
◆
リアライト発見からの100年は、人類にとって飛躍の時代となった。
◆
聖王暦955年――現在。
アルマンド社の所有するリアライトの採掘坑では、たくさんの奴隷が働いていた。
主な奴隷はゴブリンとコボルトだ。
中には借金や犯罪により奴隷となった人間もいるが、少数派である。
その少数派である人間奴隷のひとりチェビルはまだ10歳と幼かったが、人一倍に鋭敏な【魔力感知】スキルを持ち、採掘坑では先頭に立ってリアライトの在処を探っていた。
安全ヘルメットを被り、作業着に身を包むチェビルの首には赤い首輪が嵌まっている。
奴隷の首輪――幾つかの条件付けを行うことのできる、奴隷を制御するための魔導具だ。
他の奴隷たちも同様に首輪をしている。
この首輪には、採掘坑の周辺座標から離れると首が締まる条件付けがされていた。
「おい、チェビル、客人だぞ」
「ん? 俺にか?」
コボルトの奴隷であるひとりが、土壁を前に【魔力感知】スキルを向けていたチェビルを呼んだ。
振り向けば、滅多に採掘現場に降りてこない現場責任者のラークが、手を揉みながらこちらに歩いてきている。
ラークの横には、安全ヘルメットを被ったグレーのスーツ姿の男性がこちらに向かっていた。
……見たことのない人だな。
スーツ姿ということは現場の人間ではないのだろう。
アルマンド社の社員、というところまではチェビルも分かった。
テキトーに作業着の埃を手で払い、チェビルはラークと男性に向き直る。
スーツ姿の男は、懐から名刺ケースを出して、真っ白な名刺をチェビルに差し出した。
「本社人事一課のオーガイ・ストローツです。奴隷管理番号2025、チェビルで間違いありませんか?」
「ああ、間違いないよ」
機械的とも言える慇懃で抑揚のない声とともに、男性は名乗った。
……本社の人事の人か。一体、俺に何の用事だろ。
チェビルが名刺を受け取る。
ここでは目に痛いほど白い名刺が珍しくて、表に目を通してから裏面も見た。
男性の所属と名前、そして連絡先が規則正しく印字されている。
名刺を作業着のポケットに入れて、チェビルは背筋を伸ばした。
本社の人間なら、現場責任者のラークより偉いのだ。
10歳のチェビルの身長は人間としては平均的だから、大人であるオーガイを見上げる形になった。
言葉もなくオーガイはおもむろにチェビルの首輪に触れる。
カチリ。
首輪に赤い魔力光が灯り、チェビルの首輪は地面に音もなく落下した。
「――え?」
「チェビル。刑期は終わりです。今日からあなたの職場はこの採掘坑ではなく、別の場所になります」
「ちょ、ちょっと待てよ!! いや待ってください!! いきなりそんなこと言われても……!!」
「待つ理由がありません。一緒に来てもらいましょう」
オーガイは有無を言わさず、チェビルの手を取り、踵を返した。
とっとと歩き出すオーガイ。
引っ張られるようにして歩き出すチェビル。
ふたりを追いかけるようにチョコマカとついてくる現場責任者のラーク。
その場を離れる三人を、周囲の奴隷たちは呆然と見送るしかなかった。
◆
採掘坑から出る。
宿舎にはチェビルの私物もあったが、どうやらオーガイには興味ないらしい。
「あちらの車に乗ってもらいます」
「――っ」
腕を引っ張られたが、思わずチェビルは立ち止まった。
宿舎を越えた先に行けば、奴隷の首輪が締まるのだ。
「どうしました? 首輪はもう、ありませんよ」
「!!」
そう、首輪はもうない。
だが今より幼い頃からいた採掘坑から、出ることを身体が拒否しているのだ。
反射的に此処から先へは出てはならない、と身体が覚えていた。
オーガイは仕方がない、と言った風にチェビルを抱きかかえた。
「わ、なにするんだよ!!」
「黙っていてください。舌を噛みますよ」
チェビルはオーガイに抱えられたまま、どんどん採掘坑から離れていく。
そして停まっていた黒塗りの乗用車の後部座席に放り込まれた。
車は採掘坑で使われるトロッコや軽トラとは違い、白いレースの布で飾られた高級感ある革製のシートだ。
チェビルは慌てて作業着の汚れが付かないか座席を確認しようとしたが、逆側から乗り込んできたオーガイに押さえつけられた。
「出ます。座りなさい」
まだ10歳とはいえ、チェビルは採掘坑で働く肉体労働者だ。
大人顔負けの俊敏さとバネの強さには自信があった。
にもかかわらずオーガイの手の平は、チェビルを完膚なきまでに座席に押さえつけた。
窓の外では揉み手をする現場責任者のラークが、チェビルのことを妬ましそうに見送っていた。