「舞奈…会いたかった。ああ……舞奈……もう離したくない」
私は愛おしい人の腕に抱かれ、優しくささやかれ、もう心が溶けてしまった。
俊則は25歳くらいの人に転生したのだろう。
凄くかっこいい。
私は力いっぱい彼に抱き着いた。
「俊則…もう、馬鹿。ずっと会いたかったよ?もう、好き。好きなの、俊則」
このまま時間が止まればいい。
本当に幸せ過ぎてそう思っていた。
でも、私には侯爵令嬢としての、いや、救済の亜神としての義務がある。
この女、ミリー嬢を……断罪しなければならない。
私と俊則が抱擁している間にミリー嬢は領兵に連れられて、お父様と面談することになった。
彼女はこの世界で許されないことを沢山行った。
そして何より、私の目の前で俊則を殺したんだ。
絶対に許すことはできない。
私の瞳から光が消えていく。
「舞奈?…舞奈、きっと君は怒っていると思う。でも……お願いがあるんだ」
私を抱きしめてくれている腕から力が抜け、俊則が私の瞳を見つめてくる。
……だめだよ?俊則のお願いでも…それだけは譲れないよ。
だからお願い……言わないで…お願いだから…言わないで。
あなたの口から…他の女の名前なんて…
……聞きたくない。
「絵美里ちゃんを、許してくれとは言わない。だけど、殺さないでほしい」
分かっていた。
優しい彼は絶対こう言うと思っていた。
でも……
「あの女はあなたを殺したの」
自分でも驚くぐらい怖い声が出た。
「うん……聞いたよ」
「貴方を私から奪ったの」
「……」
なんでそんな顔するの?
「私は絶対に許せない」
「…舞奈」
「いやだ!どうして?なんで?どうして俊則は……」
「舞奈、聞いて?」
どうしてそんなに悲しそうな顔するの?
「やだ!聞かない!……もうヤダよ……いやだ…グスッ……ヒック…うああ…あああ……」
「舞奈、ごめん、でも……」
お願い……「うん」って言ってよ……
「うわああああーーーん、やだよおお、だめえ、ダメなの…グスッ…やだあ……ひん…」
俊則は私を抱きしめる。
大好きな人に包まれているのに……
私の心はどんどん黒く染まっていく。
「舞奈、愛してるんだ。ねえ、だからさ、聞いて?…グスッ……舞奈…ヒック……ねえ」
「いやだよ、ヤダ…ねえ、グスッ……どうして?……うう…なんで………庇うの?」
ああ、私は……嫉妬していたんだ。
「っ!?んん……んう……んあ……ずるいよ」
俊則がキスしてくれた。
少し大人のキスを……
今度は歯、ぶつかってない……
私の心の黒いものが……
一瞬で吹き飛んだ。
「舞奈、ヤダよ?俺の可愛い舞奈が、誰かを殺すなんて……いやだ…」
「……ばか……ん!」
私は顔を俊則に向ける
もっとしたい。
いっぱいしてほしい……
俊則は優しい瞳で私を見つめ、呼吸ができないくらい強く抱きしめ、そして…
私の唇をついばむ。
「ん♡…んん…んあ♡」
ああ、凄い…ダメになる…
優しく何度も
「……あ♡……んう…」
好きが弾ける…気持い♡
感触が伝わる
「はあ♡……んん♡……」
……ああ、もう、
彼の好きが伝わってくる
「んん♡…んあ」
…好き、大好き
そして長く、深いキス………。
全身に電気が走る。
体から力が抜ける。
心が愛おしさと快感に塗り替えられていく
私は彼に負けた。
もう私は。
彼がいないと生きていけないと。
心の底から思い知らされてしまった。
※※※※※
「私は多くの罪を犯しました。死罪が妥当でしょう」
「ふむ。反省はしているのかね」
「はい。でも、亡くなった方は帰っては来ません」
執務室は話す言葉以外、静寂に包まれていた。
私の前にひざまずく少女は、ただ脆く儚く見えた。
嫌な感じが一切しない。
以前出会った彼女とはまるで別人だ。
1年ほど前、私は彼女と会い、そして呪縛を付与された。
視察が終わり馬車に戻る途中でこの娘が転んでいたのを助けた。
そしていきなりキスをされた。
本来なら不敬で首を刎ねられても言い訳すらできない狼藉だ。
だが私は……この娘を汚したいと、心の奥底からまるで満たされる事のない飢えの様に、獣欲が沸き上がってしまった。
そして一度だけ……
私は彼女を手折っていた。
夢中になった。
妻ではない女を初めて抱いた。
甘い吐息も
みずみずしい唇も
しなやかな体も
全てがたまらなく魅力を放っていた。
そしてすべてが狂って行った。
だが。
本当にこの娘が全て悪いのだろうか。
私は悪くないと妻に言えるだろうか。
大きくため息をつき、目の前の少女に告げる。
「しばらくは貴族牢に拘束させてもらう。頭を冷やすといい。食事と湯あみを許可する。それから危害を加えないことをジェラルドの名前で誓おう」
「えっ?そんな、私は……」
「あとはロナリアに預けることにするよ。うちの娘は怖いぞ?……おい、このお嬢さんを貴族牢へお連れしろ、くれぐれも乱暴に扱うことは許さん」
「はっ」
「……こんなことを言うのはおかしいが……君は素敵だったよ」
「私が独身だったらきっと君を愛したほどにはな。まだ若い。やり直すといい」
「っ!?ぐすっ……ありがとう…ございます…ヒック……うああ…あああああ」
地球でもこの世界でもミリーは本当の優しさと愛を得ることはできなかった。
でもわずかな時間とはいえ彼女は本当の優しさと愛を知った。
そして惑わせ、不幸にしようとした相手から認められ許された。
「生きていたい」
幼少の頃から心を壊され、凌辱され、嫉妬され、あらゆる苦難を経て、ミリーは遂に感謝と愛にたどり着いた。
もう世界を滅ぼす脅威は二度とその力を振るう事はなくなった。
彼女はこの世界で初めて『生きていたい』と思えるようになっていた。
ミリーの瞳はもうきっと。
曇らない。