俺はなぜか嫌な予感に包まれていた。
嬉しいはずなのに心がざわついていく。
無事目的地であるウッドストックの領都にたどり着く事が出来たというのに。
待ち受けるように、初めて見る美しい女性が俺を見つめている姿に何故か感情が沸き立つ。
俺は恐る恐る彼女の目を見た。
知らない人だ。
俺はこの体の主であるシュラドに馬車の中でいくつか聞いたことを思い出していた。
※※※※※
『共有感応?』
『ええ、あなたが私の魂と触れたことで、私の知り合いなどに会った場合、感じるものがあるはずです』
『それは俺が知らなくても過去のシュラドさんの知り合いに会えば何となく感じがするという事ですかね』
『ええ、おそらく。最もおとぎ話のような話です。でも、そんな気がします』
※※※※※
多分俺を見ている女性はシュラドさんも知らないはずだ。
でも……なんだ?
知らないはずなのに……
目が離せない。
心のざわつきはますます大きくなっていく。
そんなことを思っているとその女性が俺の方へと歩き始める。
ピリッと脳に電気の様なものが走った。
なんだ?
……干渉された?
でも……何も変わっていない、けど……?
「だめっ!シュラドさんっ!逃げて!!……こっちに来るな!!」
突然俺が連れてきたマリアちゃんが俺の前で両手を広げ、女性が来ないように立ちふさがった。
お構いなしにどんどん近づいてくる女性は、邪魔をするマリアちゃんにちらりと視線を向ける。
「っ!?ひいっ!」
悍ましい笑みを浮かべその女性はにやりと笑った。
俺の背筋に怖気が走る。
「なあに?先輩。また違う女と一緒にいるの?……ねえ、なんで邪魔するのかなあ、あなたさ『死んで』」
「ひうっ、う、ああ…う、ああ……」
マリアちゃんが突然胸を押さえ苦しみ始めた。
まずい!
俺はマリアちゃんを抱え、横へ飛びのいた。
マリアちゃんは顔を青くし、既に意識がないようだ。
ビクッビクッと痙攣を始める体。
「もう、先輩。なんで?どうして私を見てくれないの?そんなゴミ捨ててよっ!」
俺は怒りでこの女の言うことが1ミリも入ってきていなかった。
だから在り得ない呼ばれ方をしていることにすぐに気づけなかったんだ。
「私はシュラドといいます。誰かとお間違いではないですか。それよりもあなた、この子に、マリアちゃんに何をした!?早く治せえええ!!!!」
俺は女に怒鳴りつける。
騒ぎを聞きつけた騎馬隊の隊長さんが俺たちの元へと走って目を見開く。
「どうしました?…!?いけない、シュラドさんその子をこちらへ。おい、誰か、気付け薬を持っていないか」
隊長さんはマリアを優しく抱きかかえ、建物の方へと向かっていった。
すぐに数人が薬の様なものを取り出して対応を始めてくれたのを横目に俺は再度目の前で固まっている女に目を向けた。
「……な、なんで…?ねえ、どうして?……本田先輩…わたしだよ?ねえ、高木絵美里だよ」
「っ!?高木…さん?…えっ、嘘、なんで……」
俺の脳裏に可愛らしく俯き、顔を赤くしながら一生懸命話をしてくれた、中学生だった頃の彼女が浮かび上がる。
「えっ、君も……死んでしまったのかい?」
怒りの波動が消えていく。
そして懐かしさが心を覆い始めた。
涙が零れた。
「高木さん……そうか…君も……」
理由は分からない。
彼女も何かしらの理由で亡くなってしまったんだ。
「ああ、どうして世界は、こんなに酷い事をする……あんなに頑張っていた君まで…」
シュラドは、いや俊則は。
刺されて死んだとき、急所を直撃され、本当の意味で即死だった。
だから、目の前の女が俊則を殺したことを知らない。
俺は涙を我慢する事が出来なかった。
あんなに頑張って歯を食いしばっていた高木さん。
俺は気づけば彼女を抱きしめていた。
「ヒック…グスッ…辛かったね……死んでしまうなんて……グスッ……うああ…」
俊則の彼女を思う純粋な気持ちが、壊れていた絵美里の心に沁み込んでいく。
「せ、先輩?そのっ、わ、私…ヒック…あれ?…グスッ…うう…うああああああああ」
ほくそ笑んでいた。
さっき魅了もした。
だからこれは計算通りのはずだった。
でもミリーは、いや高木絵美里は、心の底から湧き上がる久しく忘れていた感情を止める事が出来なかった。
ああ、私は………
愛したいけど……ちがう。
欲しいから、奪いたかった……
ああ、気付いてしまう。
そうじゃないんだ……
絵美里は俊則を強く抱きしめる。
姿かたちは違うけど、触れる心は間違いなくあの優しく微笑んでくれた本田先輩だ。
愛されたいんだ。
この人に。
心の底から。
心が壊れ暴走し、自らの目的の為、王国に混乱をまき散らし、やがて悪魔へ変質して世界を滅ぼす運命だったミリーは。
たった数秒の心からの慈愛の抱擁で。
救われた。
※※※※※
俺と絵美里ちゃんは、領門のすぐ近くの食堂で二人して顔を赤らめながらお茶を前に固まっていた。
「ねえ、シュラドさん。私まだ怒っているんだけど?」
何故かマリアちゃんまで居るのだが。
どうやら着付け薬が効いたらしい。
一時はどうなるかと思ったけど、本当に良かった。
ホットミルクをごくごく飲んでジト目で絵美里ちゃんを睨むマリアちゃん。
うん、そりゃあ、頭に来るよね。
「あ、ごめんねマリアちゃん。このお姉さんはね、悪い人じゃないんだよ?ちょっと間違えたっていうか…」
「殺そうとしたのに?」
「うぐっ」
「あ、あの、ごめんなさい。私はなんてことを……マリアちゃん。本当にすみませんでした」
「むう、いいよ。許してあげる。……ねえお姉さん、本当にさっきの人と同じ人?全然違うけど?もう」
「……本田先輩……私……」
絵美里ちゃんが思い詰めた表情で俺に何かを言いたそうにしている。
俺はとことん女性の気持ちが分からない。
…聞いていいんだよね?
「うん、どうしたの?絵美里ちゃん」
絵美里ちゃんは椅子から立ち上がると俺のすぐ横まで来て突然土下座を始めた。
食堂にどよめきが走る。
「はっ?えっ?ちょっ、ちょっと、絵美里ちゃん?どおし……」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!あああ、ごめんなさい!!!うああああああああああああああああああああ」
そして謝罪を繰り返し泣き崩れる絵美里ちゃん。
意味の分からない俺はただ呆然とするばかりだ。
そしてなぜかジト目で俺を見るマリアちゃん。
ええ、なに、どうすんのこれ?
ああ、悩んでいる場合じゃない。
俺は優しく絵美里ちゃんの腕を取り、彼女を起こす。
そして取り敢えず椅子に座らせた。
あああ、でもどうしよう、全然泣き止まないんだけどこの子。
「ひん、ヒック…ううう……ごめん…なさい…うああああ…ごべんなざい……ああああ」
俺は必死に彼女の背中をさすってやる。
あああ、困るよ、どうすりゃいいんだ?
「ねえ、絵美里ちゃん、わかったから、ね、泣かないで?その、ごめん、俺、良く解ってないんだよ。ね、落ち着いて」
彼女は10分くらい泣き続けていた。
俺は森をさまよったあの長い時間よりも疲れてしまっていた。
なんかマリアちゃん、美味しそうに色々食べていたけどね。