目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第8話 毒を盛る

──そのあとはもう、王太子の独断場だった。


修道院には解毒出来る医師などいないので、まずは応急処置をして、国を揺るがす騒ぎを起こさないよう、秘密裡にヴィクトリアを自身の馬車に乗せて公爵家へと連れて行った。


そこでヴィクトリアを専属の医師に診させて、回収を命じた茶器を王宮に送り、速やかに調べるよう指示した。


毒を飲んだヴィクトリアは喉と胃の出血が多く、ショック状態も起こしていることから、現在意識不明の昏睡状態である。


王太子としては、彼女が回復するまで付き添いたかったが、起きた事件の真相も究明しなければならない。


後ろ髪引かれる思いで王宮に戻り、調査結果の報告を受けることとなった。


「──王太子殿下に申し上げます。使用されたティーポットから、特殊な毒草の混入が確認されました」


「特殊?どういう意味だ?」


「はっ……国内での自生地が二箇所に限られるもので、一般には知られておりません」


「その自生地はどこだ?」


「申し上げにくいのですが……ナレステア子爵家の領地にある野草地帯と……その、王家の別荘地近くの森林でございます……」


「──つまり、その地で毒草だと認識出来るものしか扱えない毒なのか?」


「は、はい……症状は重い食中毒と似通っており、摂取量によっては命を落とすこともございます」


「食中毒?公女は血を吐いて倒れ、今も意識不明だ。紅茶に混入された量がよほど多かったのか?」


「発見されました毒草が他にございませんので、恐らくは……」


「……狙われたのは公女なのか?それとも私が来訪することを予測した何ものか?」


「そこまでは調査が進んでおりませんゆえ……力及ばず申し訳ございません……」


「──少し考えたい。まず、王宮とナレステア子爵家両方の人間の出入りを厳しくあらためて監視するよう、王太子の名で厳命する。……部屋のものは皆下がって、一人にしてくれ」


「はい……かしこまりました」


静寂のなか、王太子はヴィクトリアへの沈痛な思いを堪えつつ思索した。


基本として王族や高位貴族は、幼い頃から一般的な毒物への耐性をつけている。


それをすり抜けるような、珍しい毒草が使われたことは──確実な害意、あるいは殺意を意味するのだろう。


自生地も問題だ。これは、王家の一員に従属するものか、ナレステア子爵家の手のうちにいる誰かが毒草を調達してきたということになる。


疑いがかけられそうな人物を謀略するためという理屈もあるが、それにしては毒を口にしたヴィクトリアの容態が悪すぎる。


──そもそも、公女に自ら服毒する理由はない。


ヴィクトリアはナレステア子爵令嬢を歯牙にもかけていなかったし、第二王子への執着や未練の類も見て取れた試しがない。


その二人がパーティーで睦みあっていてさえ、ヴィクトリアは己が侮辱されていると憤りすらしなかった。


──何より、公女は今、王太子である自分に想いを寄せられ、国王陛下にも未来の王太子妃とすべく働きかけているところで、国王陛下も王妃陛下もアスランの妃に収めるのは惜しいと認めつつある状況なのだ。


まったく、王太子も惚れた欲目かヴィクトリアへの観察眼が甘くなっている。せっかく謀略に思い至っても、自ら打ち消してしまうのだから彼女の思うつぼである。


──王家のものの差し金ならば、真っ先に疑われるのは、公女の活躍に面目を潰されたと逆恨みする愚弟。しかしナレステア子爵令嬢も結託しているかもしれない。


ここまで、王太子の思考はヴィクトリアの誘導した通りだ。だが、まだ疑わしいとしか言えないことも彼女の計画の範囲内だった。


「公女……どうか、目を覚ましてくれ……」


王太子の呟きは切なく部屋に漂うばかりで、やがて思念だけを残して残響も消えていった。


──しかし、こうなると当然ながら王宮でもナレステア子爵家でも、不穏な空気に過剰反応せざるを得ない人物は現れる。


身に覚えのない疑いをかけられ、当事者扱いされていると自覚出来ていない哀れな第二王子とアレキサンドリアは、何やら物々しい状況に直面してうろたえていた。


「なぜ部屋の前に兄上の近衛兵が常駐しているんだ?!この間、公女に差し向けたもののことは知られていないはずだろう!……いや、まさか公女が兄上に告げ口を……いやいや、それならば兄上はこのような回りくどい手段には出るまい……部屋の外で何が起きて……」


ひたすら部屋の中をうろうろと歩き回るしかない第二王子が頭を抱えると、ナレステア子爵家ではアレキサンドリアがさらなる癇癪を起こす。


「ちょっと!なんで我が家の使用人一人一人にまで王宮の兵士が目を光らせてるのよ?!お父様からもお母様からも、『またお前なにかやらかしたのか』って言わんばかりの眼差しで見られてるし!ねえ、ガルタ!アスラン様に訊きたいのよ、王子様なら理由が分かってるでしょう?!ああもう、次から次へと、公女のせいで夜しか眠れない!」


二人はそれぞれに呻いていたものの、こうなると連絡手段などない。孤独との戦いに投じられて、惑乱へと落とされた。


ヴィクトリアが修道院で見かけられなくなり、平民もまたざわついてきていた。


「最近ずっと、公女様をお見かけしないねえ。ご実家に帰られてしまったのか……」


「まさか、あの聖なるご令嬢様が一言もなしに出ていかれるはずがないだろ。もしかして、御身に悪いことでも……」


「そうだよ、だって炊き出しパーティーのときのことを思い出してごらんよ!第二王子様がえらい剣幕で乗り込んできてさ、邪魔してきたじゃないか」


「第二王子様との婚約は、まだ破棄されたって発表ないよな?あの、わがままそうで血気盛んな王子様を見たとき思ったよ。こいつは公女様になにを仕出かすか分からないってさ」


「そうなると、あれかい?王子様が公女様に……」


「ええ?!公女様の御身が危ないじゃないか!」


「王妃陛下の御子なのに王太子になれなかった王子様だぞ……そんな方が気のままに公女様へ手出ししたなら……」


「いかん、いかんぞ。平民は皆、公女様の味方になるんだ。世論を舐めんなよ王室!」


「そうだ、その通りだ!」


こうして平民たちはヴィクトリアを担ぎ上げて団結した。噂にも滅多に聞けない雲の上の王家より、美味しくて温かいご馳走と楽しさをくれたヴィクトリア様である。


* * *


浮き世が物騒になっている頃、ヴィクトリアは何やら空にいた。


青い空が際限なく広がり、裸足の足元はふわふわの雲である。


「かろうじて生き延びたはずなのに、どういうことかしらね?」


毒の効果はどの程度か、重ねてきた実験で把握していたし、実際に飲んでみて「とりあえず死なずに済むはず」と感じ取っていたのだ。


「……まあ、そなたは死んでなどおらぬがな……」


「あら、あなた様は?」


耳に届く澄んだメゾソプラノの声は呆れている様子だったが、それに頓着するヴィクトリアではない。


声の方を見ると、純白の衣を纏い、長く波打つ淡い金髪と金色の瞳が美しい誰かが佇んでいた。


──声は女性のようだけれど、見た目は中性的ね。


こんな場合でも冷静なヴィクトリアだが、それを見る相手は深々と溜め息をついた。


「我は生死を司る神だ。ここは生と死の狭間。……そなたも好き放題したものだな、神々の間で噂になっている。『己を人間とも思わぬ娘が一国を傾けかねない』と」


「あら、お言葉ですけれど、わたくしは生身の人間ですわ。心もきちんと持っておりますのよ?」


「それも恐ろしい心をな」


「己が貶められたとき、報復せんとするのは恐ろしい心ゆえとでも?」


ヴィクトリアがおっとりと豪胆に問い返すと、神様はなんとも言えない顔になった。


「次々と奇策を繰り出して、嬉々として追い詰めてゆく乙女の恐ろしさよな。その無垢な残酷さを自覚しておろう?」


「ええ、わたくしは自分の人生を楽しんでおりますわ」


「……その人生に朗報をくれてやろう。そなたは半月後に意識を取り戻す。情勢は大きく変化している。そして、そなたは生まれ持った力に目覚めるであろう」


途中まではヴィクトリアの想定内だったことだが、おかしな言い回しの言葉が含まれている。彼女は、はてと首を傾げた。


「力、とは?わたくしは己の持てるものを駆使してまいりましたわ。さらに加わる力とは一体なんですの?」


「あらかじめ教えておきたくない。意識を取り戻してから、自身で探り当ててみよ」


「神様とは、気むずかしいものなのですね……」


「そなたが呆れさせているのだ。我とて神、無慈悲ではない。その証拠に、そなたをこの場に留めておいてやっているであろう。目覚めるべき力のある人間を、無為に冥府へは送らぬ」


──あらあら、私もしかしたら致死量の毒を飲み込んでしまったのかしら。少し計算を誤ったようね。


これは誤算である。危うく冥府行きになるところだった。どうも力に目覚めさせようという神の計らいで命拾いしたようだ。


「これは、誠にありがたく存じますわ。御礼申し上げます、神様」


ヴィクトリアは、目覚める半月後と、それから我が身に起きることが楽しみに思えてきて、浮き立つ心を抑えることなく朗らかに笑みを浮かべ、神に頭を下げた。


これを見た神は、やはりこの娘は相当に危ういなと下界を憐れんだが、顔には出さない。


それにしても、持って生まれた力だなんて前世では何らかの兆候すらなかった。しかし、この力により運命が動いたのだとしたら、と思いつく。


「神様、わたくしが前世で身を滅ぼしても、こうして新たに生き直せたのは、やはりその力というものが世界に必要だからでございましょうか?」


「お前は前世でも好き放題したものだったが、堪え性が足りずに軽はずみな行動を起こしたゆえ、力も顕現出来ずに終わった。それでは神々の目論見には不都合だっただけのこと」


「ならば、わたくしは今生では期待に沿うべく存分に生きますわ」


ヴィクトリアが声高らかに決意を述べると、神は胡乱な目で彼女を見て、さっさと用事を済ませてしまうために話を切り上げた。


「──伝えるべきは伝えた。我も神としての務めがあるゆえ、そなたはしばしここで下界の様子でも見ているがいい。雲の狭間より、好きなところを見下ろせる」


言われて見下ろしてみると、確かに人間の世界が一望出来る。便利な空間だ。


「はい。物事の把握は大事ですものね。ゆっくり、色々と見てゆこうと存じます。時間は半月もございますから」


どこまでも恐ろしく前向きなヴィクトリアを見て、神は渋い顔のまま一応頷き姿を消した。


こうして、王国は上も下も大騒ぎになり、ヴィクトリア自身は狭間から自由に、あらゆる人間の動静を見ていられることとなった。


──せっかくだわ、半月かけて世界を見ましょう。あのぼんくら王子様や子爵令嬢ばかり見ていても、時間と機会がもったいないもの。


それに、世界を見ていることは、生まれ持った力がどんなものかを知るための鍵になりそうだと、彼女は脳内で素早く理解していたのである。


ヴィクトリアは狭間にいるうちに、興味深くも不可思議な世界を知ることとなるが、その事実は彼女においてさえも、呑み込むことは容易くなかった。


* * *


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?