目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第3話 都心の雀荘

 平日の午後14時。首都圏全域に大雨警報が発令された日。

 開店早々の雀荘に客はいない。小野はバイト先の雀荘で何度もあくびをする。


 小野は無難な無地のシャツにチノパンを履いて、胸元に名前と趣味と特技を手書きで書いた名札をつけている。

 名前は『小野』、趣味は『飲酒とゲームとタバコ』、特技は『お菓子作りと編み物と脱出ゲーム、それから誰とでもすぐに仲良くなること』とノリで書いていた。お菓子作りと編み物と脱出ゲームはしたことはないけれど。


 「”雨の日にひとり。寂しさのなかで盲牌をする。得られたものは『白』と『中』。なんとまあ、非生産的な一日だ”。うん、良くできた一句だ。あとでSNSに投稿してバズりを狙おう」

 小野は雀荘のふかふかの椅子に座り、気だるげに麻雀の牌をタオルで拭いながら呟く。小野はお気に入りの『白』と『中』のを探しだし、ドミノのように並べて物憂げに眺める。彼の白く細い指の先で、深紅のマニキュアが雀卓を跳ねるように動き回る。

 小野はブルーサファイヤのピアスを片手間にいじりながら、予定ないのない来週末の過ごし方を空想する。誰かと共に緩やかに過ごしたいけれど、適切な人選が浮かばない。いっそのことこの雀荘にフリーで遊びに来ようかと、鼻唄を歌いつつ考える。

 派手な髪色やネイルも、自由の効く勤務スケジュールも、大学時代の友人のように気だるく馴れ馴れしい接客態度を許容するおおらかさも、この雀荘は持ち合わせている。店長の器の大きさに感謝をしつつも、怠惰な小野は気ままに堂々とサボってしまう。

 「くだらないことを言ってないで、さっさと清掃を終えてドリンクの準備して」

 ぼんやりと手遊びをする小野に、頭上から声がかかった。小野が声の主を見上げると、仁王立ちする佐久間と目があった。

 佐久間は小野のバイトの同僚で、同じ雀荘で働いている。佐久間は小野より幾分若い今風の女性で、ショートカットに桃色のインナーカラーを入れている。彼女はつけまつげをパサパサと瞬かせながら、小野を見つめて眉を寄せる。


 店内には今、小野と佐久間のバイト2人しかいない。

 個人経営のこの雀荘の店長は、昨晩風邪をひいて出勤できないと連絡があった。仕事帰りの会社員が来店しはじめる夜まで、他のバイトも来ずだらだらと仕事ができる。佐久間がどうかは知らないが、小野はそんな成長や向上心とは無縁の緩いこの店を気に入っていた。

 「そんなに怒らないで、佐久間ちゃん。こんな悪天候の昼間に、わざわざ来てくれるお客さんなんていないって」

 小野は悪びれもなく軽やかな笑みを浮かべる。


 小野は金髪のサラサラの毛先を指でくるくると回して遊ぶ。

 何度もブリーチをしても痛まない柔らかな手触りを、彼はとても気に入っていた。細く柔らかな髪に負荷をかけ続ければ、遠くないうちに生えてこなくなる日がくるとは分かっていても、現在の享楽と美しさだけを享受したいというのが彼の価値観とポリシーだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?