ビデオテープを巻き戻すように、過去を振り返りながら生きている。それが確実に正解ではないと知りながら。
「小野ちゃん、俺のこと好き?」
平日の23時。東京23区のワンルーム。耳障りな事実は存在しない。真っ暗な部屋で、サイドテーブルのアロマキャンドルがベッドを照らす。
充満しているのはアロマの人工的なラベンダーの香りと、ありふれて酸化してしまったクリシェだけ。
「ねえ、答えてよ。小野ちゃん」
ベランダから勢いをつけて身を乗り出せば、スカイツリーの切り端がかろうじて見える小野の部屋。東京タワーが見えるほどには都会じゃない、山手線にはほど遠い鉄筋コンクリートの401号室。
「んー? そうだねえ」
1000万人が暮らす込み入った東京で、プライバシーの死守されたこの部屋にいるのはたったふたり。
家主の小野と、その恋人。
20代半ばの小野は、彩度の高い金髪にカラーダイヤモンドのピアスをしている。白い肌に細い指。柔らかな部屋着のスウェットが薄い身体に余白を作る。彼は丸い瞳で、向かい合う恋人を上目使いで見つめる。
彼の最新の恋人は、鍛え上げた筋肉質な身体を誇る男だった。健康的に焼けた肌に、黒髪の健全的な笑顔を携える。それに何より彼は、のらりくらりと生きる小野へ大きな愛を向けていた。
「好き、好き。もちろん大好き」
小野は子供のように舌足らずな発音で、恋人への愛を告げて抱き締めた。彼も幸せそうに小野を抱く固い二の腕に力を込める。
大学卒業後に定職につかずふらふらしている小野は、責任感なく行動する癖が抜けなくなっていた。仕事も、人生も、愛も、口から出任せでどうにかなる。たかをくくって毎日をやり過ごしている。