目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 こんにちは、個人商店_2

 「だって存在からもう可愛いから。無邪気で悪意が一切ない」

 俺のこれ以上ない簡潔な理由に、宮瀬が首を振る。

 「見た目だけで判断してるでしょ。腹の内では、何考えてるか分かんないよ」

 「別に、何考えててもいいよ。こいつさっさと餌くれないかなとか、撫で方下手だなとか、心の中でバカにされてたとしても問題ない」俺が両手で腹を撫でているうちに、猫は目を細めて伸びをした。「こんなに可愛いんだから、騙されたって悔いはない」

 「全く共感できない」

 スマホから顔を上げた宮瀬が鼻で笑い、透き通るような淡いブルーの空を見上げた。

 俺がひとしきり猫の相手をしていると、「お腹が減った」と宮瀬が口をはさんだ。宮瀬の言葉に、俺の腹も自然と鳴った。

 スラックスの膝についたゴミを払い、立ち上がる。俺はいまだ寝転がる猫に向かって、後ろ髪を引かれる思いで声をかける。

 「またね。シロちゃん」

 「なんで名前分かったの?」

 宮瀬が不思議そうに首を傾げる。近くの自販機で買ったのか、いつの間にかカフェオレのペットボトルを片手に持っている。

 「今俺が名付けた。白くて可愛いからシロちゃん」

 俺が胸を張って答え、宮瀬が大げさにため息をつきながら茶化す。

 「安直なセンスだね」

 「うるさい、宮瀬」

 甘えるように鳴く猫に、手を振って別れを告げる。

 商店の店先に勝手に置いていた自転車のスタンドを外しながら、宮瀬とこれからの予定を吟味する。

 駅の向こうにあるコンビニでスナックを買うか、電車に乗った先のショッピングセンターでファストフード店に入るかを議論していると、薄暗い商店から人が出てきた。

 商店の店主と思しき、灰色のチョッキを着た小柄な白髪のおじいさんが、商売人らしい柔らかい笑顔を浮かべた。おじいさんは俺と宮瀬を交互に見ながら、孫に話しかけるように優しく声をかけた。

 「おじさんのところも結構、おいしいものがあるよ」

 出てきたおじいさんに白猫が駆け寄り、喉を鳴らしながら足元にすり寄った。

 多分この店に、俺たちが求めるものは何もない。かわいい女の子も、ハンバーガーもスパゲッティも、熱中できるアクション映画も、最近リリースされた海外のゲームも、きっとない。けれど断る理由は思い浮かばず、笑顔の老人を無下にするのも忍びなく、猫も随分触ってしまっていた。

 宮瀬と顔を見合わせる。俺たちは肩を竦め、ぎこちない笑顔で答えた。

 「そ、そうですね。ちょうど入ろうと思ってました」

 水玉模様の首輪を付けた白猫が、おじいさんの足元で心底幸せそうに鳴いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?