「だって存在からもう可愛いから。無邪気で悪意が一切ない」
俺のこれ以上ない簡潔な理由に、宮瀬が首を振る。
「見た目だけで判断してるでしょ。腹の内では、何考えてるか分かんないよ」
「別に、何考えててもいいよ。こいつさっさと餌くれないかなとか、撫で方下手だなとか、心の中でバカにされてたとしても問題ない」俺が両手で腹を撫でているうちに、猫は目を細めて伸びをした。「こんなに可愛いんだから、騙されたって悔いはない」
「全く共感できない」
スマホから顔を上げた宮瀬が鼻で笑い、透き通るような淡いブルーの空を見上げた。
俺がひとしきり猫の相手をしていると、「お腹が減った」と宮瀬が口をはさんだ。宮瀬の言葉に、俺の腹も自然と鳴った。
スラックスの膝についたゴミを払い、立ち上がる。俺はいまだ寝転がる猫に向かって、後ろ髪を引かれる思いで声をかける。
「またね。シロちゃん」
「なんで名前分かったの?」
宮瀬が不思議そうに首を傾げる。近くの自販機で買ったのか、いつの間にかカフェオレのペットボトルを片手に持っている。
「今俺が名付けた。白くて可愛いからシロちゃん」
俺が胸を張って答え、宮瀬が大げさにため息をつきながら茶化す。
「安直なセンスだね」
「うるさい、宮瀬」
甘えるように鳴く猫に、手を振って別れを告げる。
商店の店先に勝手に置いていた自転車のスタンドを外しながら、宮瀬とこれからの予定を吟味する。
駅の向こうにあるコンビニでスナックを買うか、電車に乗った先のショッピングセンターでファストフード店に入るかを議論していると、薄暗い商店から人が出てきた。
商店の店主と思しき、灰色のチョッキを着た小柄な白髪のおじいさんが、商売人らしい柔らかい笑顔を浮かべた。おじいさんは俺と宮瀬を交互に見ながら、孫に話しかけるように優しく声をかけた。
「おじさんのところも結構、おいしいものがあるよ」
出てきたおじいさんに白猫が駆け寄り、喉を鳴らしながら足元にすり寄った。
多分この店に、俺たちが求めるものは何もない。かわいい女の子も、ハンバーガーもスパゲッティも、熱中できるアクション映画も、最近リリースされた海外のゲームも、きっとない。けれど断る理由は思い浮かばず、笑顔の老人を無下にするのも忍びなく、猫も随分触ってしまっていた。
宮瀬と顔を見合わせる。俺たちは肩を竦め、ぎこちない笑顔で答えた。
「そ、そうですね。ちょうど入ろうと思ってました」
水玉模様の首輪を付けた白猫が、おじいさんの足元で心底幸せそうに鳴いた。