河津桜商店に通いはじめたのは、高校二年生に進級した今年の春。始業式の次の日。
授業が終わってすることもなく、だからといって遠出する気力もなかった。だから、1年生の頃に同じクラスで、今年も同じクラスになった友人の宮瀬と、映画を見に行くことにした。
駅前の商店街を通り、寂れた二階建ての駅を目指す。三駅先のショッピングセンターにある映画館で、何を見ようか考えながら、宮瀬と並んで歩く。
自転車通学の俺は、二年分の学校指定の駐輪許可証がペタペタと貼られた自転車を押す。隣を歩く電車通学の宮瀬は、教科書の入ったリュックを背負い、両手をポケットに突っ込んでいる。
学校から駅まで、歩いて大体十五分。
クラスの誰それの新しい彼女とか、学食の値段が微妙に上がったとか。模試の結果が前回と変わらずそこそこだったとか、流行りの可愛い女優の話とか。顔と愛想ののいい宮瀬が、俺の好みのセクシーな先輩から告白されているのに、気のない返事をしていて無性に腹が立つとか。
そんな取るに足りない、けれど学生生活を懐古する年になったら真っ先に思い出すであろう、眩く青い思い出の日々の冒頭のような世間話を、淡々と着々と、義務のように消費していく。
誰に急かされる訳でもない、持て余してあくびがでるような時間。非生産的で凡庸で、けれどもこれがアイデンティティの確立にきっと不可欠な時間。そしてこういう怠惰な時間は、思いのほか早く過ぎ去る。
宮瀬と並んでだらだらと歩いていると、気づけば商店街も終わりに差し掛かっていた。
「あ、猫」
商店街の先の駅の看板が見え始めたころ、猫を見つけた。
清潔でも積年の汚れの滲む商店の入り口で、水玉模様の首輪をつけた白猫が、優雅に毛づくろいをしている。
俺は自転車を宮瀬に預け、子供のように小走りに駆け寄った。怯えさせないようにゆっくり屈んで顔を近づけ、猫なで声で話しかけながら無防備な腹を撫ぜる。
「本当に航大、小動物が好きだよね」
宮瀬はあきれたように言い、眼鏡の奥で眉をひそめた。商店街の正面に、俺に押し付けられた自転車を移動させ、スタンドを立てて駐輪した。動物が好きではない彼は近づいて来ず、一歩引いたところでスマホをいじっている。新しい彼女と片手間でSNSで連絡をとっているのかもしれない。