「なぁ、なんで三人ともナースキャラコスで揃えてるんだ?こうもホラーゲームのナースコスの女性客が多いと誰か分からなくなるだろ」
ハロウィンイベント当日。俺達が大阪の某遊園地へ入場すると、至る所にナースコスの女性がうようよいた。
ゾンビナースに、ナースドール、某ホラーゲームの主人公のナースと、どれもホラーゲームに登場する多種多様のナースだった。反対に男性客はバラバラのコスが多い。もしも迷子になったら探すのは大変なのは確かだ。
ホラーゲームってなんでやたらナースをモチーフにした敵キャラがこんなにも多いんだ?
「んー、セクシーで可愛いから?」
俺の素朴な質問に、某ホラーゲームのナースキャラコスプレをしている七川が答える。
「ねぇ、あなた。私のナースドール強化個体のコスはどう?」
「あなた呼びって。お二人共、もう結婚したんだー。ヒューヒュー!」
「薫、セクシーで最高だよ。って太宰!まだ結婚してねぇよ」
「まだっていずれ結婚するのね。じゃあ、うちらの時は仲人よろしくね!」
七川も乗っかってからかう。
「冗談はさておき。薫、そのコスは正気か? それとも吹っ切れたのか?」
俺は、この前プレイしたアビサル・ミスト三リメイクのナースドール強化個体のコスをした薫に質問する。
某コスプレショップにある谷間の開いた短いスカートのナースコスをベースに、厚底ブーツ、所々破れて穴が空いたガーターベルトを履いている。肩や腰回りが破けて球体関節風のボディペイントが施されている。
「正気は正気だよ? あ、このナイフの事? 可愛いでしょ?」
薫は、ヤンデレっぽく笑う。
そこまではまぁ普通だ。問題は、強化個体の特徴である「頭にナイフが刺さっている」「胸元や腹部を中心に血のり」と、あの片目喪失事件を連想させるコスプレを薫自らするとは思わなかった。
「いやぁ、本人がやるから面白いんだよな。こういったブラックジョークって」
「えへへ、もう過去の事は気にせず前に進むんだ!」
「偉いよ、かおちゃん! よ〜しよし」
「くぅ~ん」
七川とお揃いのコスプレをしている太宰が、大型犬を撫でるように薫の頭を撫でると、薫もノリに合わせて犬になりきる。
「いやぁ、かおちゃん。素敵な飼い主見つかって良かったねー」
「くぅ~ん、きゅ〜ん」
「誰が飼い主だ! それよりも、どうするんだ? もしも、迷子になったら見分けつかないぞ。このナースコスの多さだ。この盛況だとスマホやスマートウォッチの音にも気付きにくいし」
「心配ご無用! ちゃんと分かるように印を持ってきたから」
太宰がそう言って渡してきたのが、腕輪だった。
「本当は原作再現に拘りたいけど、みんなナースコスだと分かりにくいから仕方ないね」
七川は苦笑しながら、太宰が用意した緑の蛍光色の腕輪を付ける。
「そうだな。胸が大きい薫ならともかく、パッとみたら二人のコスが似てるから助かる」
「今セクハラ発言したよね。しかも自分の恋人の胸で私たちふたりにマウントしたよね」
「おい、自分の女のパイ乙がデカいからって調子に乗るなよ」
「さっき、俺をからかったお返しだよ。それと、俺達の分は?」
「何って、かおちゃんのは首輪だよー」
「薫ちゃんたっての希望だよ」
「まじかよ……。これ、大型犬がつけてる皮の奴じゃん。ペットじゃん」
「じゃ、二手に分かれてデートを楽しもっか」
「もぉ、分かったよ。おい、薫。迷子になったら腹パンとかモノ扱いのプレイは無しだからな」
「そ、そんなぁ」
彼女は涙目になりながらも自分で首輪をつける。
「今、さらっととんでも無いこと事言ったよね」
「いちおー恋人との取り決めは、あーしもみて良いってたけど」
俺達の後ろでふたりがヒソヒソ話しているが、大丈夫なのか不安になった。でも、今はこのコスプレ遊園地デートを楽しもう。
俺は、時間の許す限り色んなアトラクションをまわる。隣に恋人といるおかげなのか、どのアトラクションもどれも美しく磨かれた宝石のように輝いている。
特に面白かったのが、色んなホラーゲームのコラボ限定のお化け屋敷だった。
「みてみて、龍世。この日の為に練習してきたんだ!」
「何を練習したんだ?」
「アン……!! ヒゥ……」
「それ、ナースドールを攻撃した時に出るダメージボイスじゃねぇか」
「あったりー!喘ぎ声みたくて興奮してきたでしょ」
「いや、まぁ。何練習してんだよ、マゾ彼女」
お化け屋敷の待ち時間の列に並んで待っている時ですら、楽しく会話出来るようになった。前の遠慮したままの関係だったら、薫に気を使ってここまで気軽に突っ込みを入れようとはできなかった。
一時間ほどやっと入場すると、そこは時間の経過で廃れた病院内で、所々ボロボロの医療器具が散乱していた。
病院の廊下はうっすらと青白いライトに照らされ、床には乾いた血の手形が点々と残っていた。カートに乗せられたボロボロのマネキンが不気味に揺れ、遠くからは軋むストレッチャーの音。
「うわ……雰囲気やべぇ……」
俺が小さく呟いた瞬間。
ガシャン!!
「きゃあああっ!!?」
隣の部屋のカーテンが勢いよく開き、色んなホラーゲームの敵ナースがガタガタと異常な動きで飛び出してきた。顔が焼けただれたナース、デッサン人形みたいにのっぺりしたナース、ゾンビナース。どれも各々の武器を持っていた。
「くっそ、これは心臓に悪い!」
「へへっ、楽しいじゃん!」
薫はキャーキャー叫びつつも、まんざらでもなさそうだ。
さっきのナースが静かに後ずさりして闇に溶けたかと思うと。
「ゔおおん!」
いきなり、薫が練習してきたナースドールが主人公を襲う時のボイスが聞こえて、思わず振り払ってしまった。
「お前、なんで今叫んだ!?」
「だって、タイミング完璧じゃない?」
呆れながらも笑ってしまった。何処もかしこもナースのコスプレで溢れかえっていた。一応、客とキャストの見分けをつけるために大きな傾向リングをつけているから分かるけど、それでも驚くって。
「後ろ!」
俺が叫んだ瞬間、廊下の奥からナースドールがゆっくりと歩いてくる。血のりがついた包帯を巻き、手には巨大な注射器。
「こ、こいつ、こっち来るんだけど!?」
「さすがに怖い! 怖い!!」
龍世と薫が全力で逃げる。背後ではナースドールたちが無機質な声で何かを囁きながら追いかけてくる。後少しで出口だ。
「いやぁ、楽しかった!龍世、もう一回入ろうよ」
「楽しいのは良いんだけど、また一時間並びたくねぇよ。 早く出口!」
「いやぁ、まだ遊びたいのに!」
そんな薫を強引に引っ張り、最後の扉を開ける。
暗闇の中、最後のナースドールが微笑みながら出口のドアを開けた。
「やっと終わった……!」
「楽しかったね!!」
一人だけ異様にテンションの高い薫。
それを見た龍世は、思わず深くため息をついた。どれも見たことのある敵キャラが襲いかかる演技で、怖くて楽しかった。
「もうこんな時間か。次のデートはどこ行こうか?」
「……ここ」
「は? 遊園地また来たいのか?」
「違うよ、観覧車のてっぺんでキスのリベンジ」
「……くっそ、覚えてんのかよ!」
「それはともかく、今日は楽しかったね。はい、これ」
彼女は俺にバレンタインの本命チョコを渡すノリで四つ折りの紙を手渡す。
中を開けてみると『ホテルに着いた時にやって欲しいご褒美リスト』と汚い字で書いてあり、その下を見ると腹パンやら目隠しやらのSMプレイのリストがあった。
「え……なにこれ」
「いや、私昔から字が汚いってよく言われるけどそこまでドン引きする事ないでしょ」
「字が汚いのもそうだけど、これ全部俺がやるの?」
「そうだよ」
俺はメモ用紙に羅列された言葉に唖然としているが、彼女は頬を赤らめて嬉しそうだ。
「あー、イチャイチャしてるところ悪いんだけど、帰るよ。武岡夫妻」
「太宰! まだ結婚してないって」
突然、太宰の声が聞こえたので振り向くと、太宰と七川が手を繋いで迎えに来てた。
「そっちこそ、恋人繋ぎしてて。もしかして付き合ってるのか?」
俺の指摘で、ふたりは手を離して顔を真っ赤にした。
「違うよ!」
「ノリでやってるだけだしー」
「ふぅん。お似合いですなぁ」
「こら! 薫ちゃんも乗るんじゃない」
俺達四人は笑いあって宿泊するホテルへ向かった。