「ふたりとも精神が安定してきたので、もう話しても良さそうですね。おふたりは長く一緒にいるにも関わらず、お互いの根本の気持ちを理解しないまま共依存関係になっています」
「根本の気持ちに、共依存関係?」
「うーん。わかりやすく言うと、お互いに支え合っているように見えて、実は相手なしでは自分を保てない状態になっています」
俺は精神科医から受けた診察結果を受けて困惑していた。ハロウィンイベントまで後二週間にも関わらず、まだ夏の残暑が残っている。今俺に流れている汗は、猛暑によるものか冷や汗なのか分からなかった。
「はい。決して悪い意味ではないですよ。貴方は薫さんの事を献身的に支えてくれたおかげで、彼女のコンプレックスが解消されて過去への執着はなくなりました。そこは誇りに思っても良いんですよ」
「そっかなぁ」
「私でも出来ませんよ、男性と一緒に下着を選ぶのって。貴方はよく頑張ってくれました」
精神科医の笑顔はいつもに増して、夏の残暑の光に照らされて輝いていた。
「お、俺にとってはあのランジェリーショップは落ち着かない雰囲気だけど、彼女が思い切って走る事が出来て俺も嬉しいと思いますよ」
俺は照れながらも、精神科医の労いを受ける。そうだな、あの時は俺も頑張っていたんだ。
「ですが、貴方は『少しでも罪滅ぼしが出来たら』って思ってませんか?」
精神科医の一言に、俺の胸に刺さった。
「少なくとも、薫さんは貴方に感謝しています。もう、罪悪感を持たなくても良いんですよ」
「はは、そうですよね。ありがとうございます」
先生の一言で俺は心が救われた気がしたが、まだ心に突っかかりがあった。
「そのへんの認識が変わってくれれば、おふたりの共依存関係はきっと変わると思いますよ。一度腹を割ってご自分の気持ちを伝えてみたらどうですか?」
「気持ち……ですか」
精神科医の言葉は何処か遠回しに何かを俺に伝えようとしたのは分かった。
俺は困惑しながらも、間を置いてから「はい」と返事してカウンセリングを終えた。
「お互いに支え合っているように見えて、実は相手なしでは自分を保てない状態……か」
俺はそんなつもりはなかった。でも、薫もそう思ってるのか?
そういえば、俺はキチンと彼女に告白していない。もしかして、それを先生が言いたいのか?
「一体、先生は何を言いたかったんだろうなぁ」
カウンセリング終わりの帰り道、薫はそう呟いた。どうやら、薫もあの先生に俺と同じ事を言われたらしい。
「なぁ、薫は俺の事どう思っているんだ?」
俺はふと頭で考えている事をそのまま喋ってしまった。
「え……! 急に何の話?もしかして、あの先生の診断の事気にしてる?」
薫は片目をキョロキョロと動かして明らかに動揺しているが、義眼の方は俺の目をしっかり捉えていた。
「そ、そうだな。ところでどう思ってるのかも俺は気になる」
「も、もちろん龍世の事は大切な人だとは思ってるよ。ただ、先生から『負目や遠慮の色眼鏡は一旦外して、そろそろ二人の関係のすり合わせをした方が良い』って言われたの」
俺は薫の言葉を聞いて、胸が張り裂ける思いになって全身が熱くなった。
お互いに身体を向き合うと、夏と秋が混ざった異様な夕焼けで身体が赤く照らされていた。俺たちは、呼吸が浅くなっていて胸元を手で押さえていた。
「俺も大切だと思ってるからこそ、こうしているんだ。関係のすり合わせって言ってもどうすれば良いんだろうな」
「そ、そうだよね」
そろそろ、告白しても大丈夫だろう。だが、それで関係が崩れたら踏み出せない。いや、そうは言っていられない。こんな関係なんて長く続かない。
「なぁ、俺は……薫の事す、す……」
「く……う……苦しい」
よく見ると、薫はまた胸を押さえて苦しそうになった。俺はすかさず、彼女の唇に自分の唇を突っ込んで人工呼吸をする。
「ごめんね。ありがとう。龍世」
「いや、良いんだ。俺たちの関係をどうするかまた話し合って決めよう」
こうして彼女の過呼吸は止まったが、これ以上長くいると彼女の負担になると考えて一旦帰る事にした。よく見ると、彼女の顔色は悪い。
あのゲームをプレイしてから過呼吸になる回数が増えた気がするが、気のせいか?
俺はホッとした反面、モヤモヤの残る一日となった。