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第25話 水着を着てホラーゲーム

「いや、さっき何のゲームしたいの? って質問してたじゃん」

「あ、確かに私、そう言ったよね。分かった。ただ、普通にホラーゲームするのもつまんないから水着に着替えるね。どうせなら、少しでも夏の思い出を作りたいし」

「なんでだよ!」

「だって、本当は今日の為に買ってきたのに、台風で着れないのはもったいないじゃん! 来年になったらまた胸が大きくなって着れなくなったら嫌だし」


 彼女は子供の様にはしゃぐ。よし、唐突によく分からない流れになったが過呼吸の心配はなくなった。俺はホッと胸を撫で下ろした。


「ま、まぁそうだな。そういや薫の姉ちゃんが最近買った『アビサル・ミスト三』のリメイクやってみたいけど良いか?」


「あぁ、ちょっとセクシーナースとキモイ敵が出てくるやつね。良いよー、どうせお姉ちゃん。社会人であまりいないし、こっそり借りよっか」


 俺は彼女の指示に従い、彼女の姉から最新のゲーム機を借りて彼女の部屋へと運ぶ。


「……ちょっと、後ろ向いててね」


 俺が彼女の部屋の部屋にあるテレビにゲーム機をセットしている間に、鼻歌と共に生々しい衣擦れがする。俺はゲーム機のセットを早く終わらせて一息つくと、彼女の部屋の鏡に目が留まる。見たい気持ちがあったが、俺は意識しないように必死に目を逸らす。


「ふふ、龍世にはちょっと刺激的だったかな?」

「意外に大胆な水着だな」

「でしょ?  可愛く見せたかったの」


 水色のフリル付きのチューブトップに紐パンスタイルの薫の水着姿は、確かに刺激的に感じている。

薫は照れながらも答える。


「胸だけじゃないよ?ほら!」


 彼女はそう言って、脚を前に出したりゆっくり回転して水着姿を俺に見せる。

 なんというか、薫が楽しそうなら良いんだ。紐パンといいチューブトップの背中も紐で固定しているだけといい、紐がほどけてずり落ちないか心配になってドギマギしている。……何を考えているんだ、俺。


「ふーん、やっぱり龍世はこういうの好きなんだね」

「いや、なんというか」


 目のやり場に困った俺が固まっていると、彼女は口元を隠してニヤリと笑う。


「さて、龍世へのサービスタイムはこのくらいにしてアビサル・ミスト三をやっちゃいますか!」


 彼女は女の子座りをしてゲームを起動する。その間に俺は台所からヨーグルトジュースとコップを用意する。


「改めて原作と比べると、グラフィックが向上してて別の怖さがあるよね」


アビサル・ミスト三をプレイしている薫は肩を震わせている。


「そうだなぁ、昔のやつも怖かったけど、リメイクだと現実世界にありそうな怖さがあるよ」 


 俺たちは、アビサル・ミスト三リメイクを通してゲーム機の進化を感じていた。


「懐かしいね。お姉ちゃんの部屋でやってた頃を思い出すよね」

「あぁ。あの時薫の姉ちゃんがプレイ凄くて見入って楽しかったよな」

「でも、ファントムナースってこんなバリエーションあったかな」

「まぁ、ゲームの設定資料によると色んな患者のナースのイメージを具現化した幻影のクリーチャーだしな」


 薫のプレイ画面をみると、セント・グティエレス精神病院内のナースタイプのクリーチャーに苦戦していた。特にステージのオブジェクトに溶け込んでるので見付けるのが難しい。


「雑魚クリーチャーだからそんなに強くないはずなのに、ここまで数多かったっけ?」

「いや、薫がハードモードと武器なし縛りプレイしてるからだよ。途中からノーマルに戻したら?」

「やだ! クリア報酬のレア武器とコスチューム手に入らないじゃん!」


 彼女は、ムキになってプレイを続けて何とか進めていた。端から薫をみていると、本人が気にしていた昔の薫っぽい振る舞いだ。


「なんだろう、普段はそこまで怖いって感じないのに、水着だと冷房の風や空気が肌に感じるから怖さが倍増するね」

「そうかもしれないな。無理だって思ったら俺が変わろうか?」

「いい、大丈夫だから。所詮ゲームだし」


 俺は彼女に優しく声をかけるが、彼女は冷や汗をかきながらもゲームを続行する。

 だが、薫はエンディング分岐と縛りプレイに加えて、奴のいる病院ステージが入り組んでいて苦戦している。


「うわぁ! なんで、ナースが角待ちすんのよ!」


 薫が操作する主人公の進行方向に、音を立てず待ち伏せしてる迷彩ナースが不意打ちで襲いかかり、対処しているうちに別のファントムナースに取り囲まれてゲームオーバーになった。


「よし、次は俺の番だな」


 俺が彼女からコントローラーを受け取ってしばらくやってみると、彼女は不思議な事を言った。


「私が、昔の私の事を『あの子』って表現している理由はわかる?」

「なんだ?急に」

「えっとね。わかりやすく言うと、今こうやって主人公を操作して敵と戦っているけど、プレイヤーの私と龍世が操作した主人公って動きや考え方が全く違うよね」

「あぁ、なるほど。薫の身体を薫自身が操作しているけど、たまにあの子が勝手に操作してくるってことか」


 何となく理解した。ホラーゲームに慣れている薫が操作している主人公は、無駄な動きもなく的確に敵を倒しているが、片目でのプレイなので不意打ちでやってくる敵の対処が遅れている。


 一方で俺が主人公を操作する時は、あまり慣れないから無駄が多いけど、その分不意打ちに対処してるって事ね。


「同じ主人公でも、全く違うよね」

「そうだな」


 俺は今も昔も根本は変わらないとは思うが、薫が笑っているならそれもいいと思って頷く。


「ねぇ、このアビサル・ミストシリーズって確か研究中に漏れ出た試験薬の霧が原因で欲求やトラウマを幻覚みたいに具現化している設定だったよね」

「何だ?そうだけど、今更どうした?」

「もしも、この世界に私が迷い込んだら、どんなビジュアルのクリーチャーや幻覚がでてくるのかなって」


「うーん、多分トロフィーみたいな頭をしたすばしっこい中ボスか、薫と周りが極端に美化したあの子もどきがでてくるんじゃないかな」

「何それ、それもみてみたい」


 俺はちらっと薫の顔を見ると、苦笑していた。


「やべ! またナースドールの軍団に囲まれそうだ」

 ナースの軍団が追いかけてきて背筋がゾワリとする。振り返ると、薫の手が震えていた。


 奇妙な動きをする女性型のクリーチャーが、静かに迫ってくる。その不自然な動きと、どこか現実味のあるナース姿が余計に気味悪かった。

俺は倒れたナースドールにとどめを刺すために腹部を踏みつける。また、後ろから別のナースドールが掴みかかって振りほどき殴って倒そうとするが、俺は一瞬躊躇った。


「はは……。まるで私みたい」

 俺の横にいる薫は乾いた笑いを零す。


 目の前のナースドールは他のナースドールとは違う強化個体だった。全身ぐるぐる巻きの包帯が巻かれていて、頭部にナイフが刺さっている。 しかも、ナース服の所々に血がべっとりとしてまるで、薫の片目を失った事件直後を連想させるものだった。


 強化ナースドールは頭に刺さっているナイフを抜き取って、俺が操作する主人公キャラへ向けて振り付ける。

 これも、神田が薫に襲いかかってきた時の記憶を蘇らせるものだった。


「まずい……早く何とかしないと」

『アン……!!』『ヒゥ……』


 俺は優先して強化個体を倒して進む。だが攻撃した時のダメージボイスが他のナースクリーチャーよりも女性に近くて生々しい。


「ふふ。なんだろう、私が殴られてるみたい」

「おい、薫。大丈夫か?」

「気にしないで。そのまた縛りプレイ続けて」


 薫の方へ視線を向けると、彼女は胸や下腹を手で押さえて縮こまっていた。


「いや、大丈夫には見えない。ちょっと待ってろ」


 俺は急いで病院ステージをセーブ、中断してから、薫の様子をみる。


「意外と水着でプレイすると、怖さが倍増するね」


 彼女は笑っていて穏やかな表現だが、顔が赤くて全身が震えていた。

「あー、何だかんだで楽しかったよ」


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