「この前はみんな手伝ってくれてありがとう!一仕事終わったし、リフレッシュの為に夏休みに海でも行こうよ!」
七川の提案に乗り気だった俺と薫、太宰、頭木の五人で行く予定だった。その間、五人で水着を買いに出かけて準備していた。
「あ、武岡くんは申し訳ないけど、女子だけで水着選びたいから待ってて。といっても、薫ちゃんの水着姿は当日楽しみにしてね!」
この時の俺は、ランジェリーショップ近くのアニメイトで時間を潰しながら彼女の買い物を待っていた。そんなこんなで俺は薫の水着姿を楽しみにしながら当日を楽しみにしていた。
「あちゃぁ……。この日台風で行けないじゃん。ごめん。また別にしようか」
夏休みの終盤、二泊三日の江の島の海を見終わった後で花火大会に参加するという七川の計画はあっけなく潰えた。
「台風、凄い勢いだね……」
「そうだな。薫」
海の計画当日。俺と薫は、薫の部屋の窓から荒れ狂う雨と風の暴力を眺めていた。
「せっかく、お気に入りの水着で海を泳ぎたかったのに……」
胸元にレースのついたシンプルなタンクトップにショートパンツ姿の薫は残念そうに呟き、体育座りをする。
「あの……。体育座りしてふさぎ込むよりも、なんかゲームしようぜ?」
「ふぅん。ゲームねぇ。それもいいけど、なにじろじろ見ているのかな?」
俺は気恥ずかしい気持ちを抑えながら薫に提案する。
「何が言いたい?」
「まぁ、龍世は男の子なんだしさ。脚も太もも出したファションって気になるよねー」
「そ、それも気になるんだけど……」
「ふふ。この前のお礼してなかったし、特別だよ」
薫はイタズラっぽく笑う。
その……なんというか、うっすらはみ出て見えるんだよ。ショートパンツから……ペールピンクのパンツが。
「ちなみに、ゲームって何のゲームがしたいのかな?」
「ゲームっていっても、あの。ほら」
そういえば、何のゲームするのか考えてなかった。
「何? さっきからジロジロ見てるけど、身体を使ったゲームが良いの? ツイスターゲームとか野球拳とか」
「か、からかうなよ。それよりも、なんかいつもと違う部屋着だしさ。どうしたのかなって」
「いつと違う?」
しまった。変に墓穴を掘ってしまった気がして俺は頭の中で必死に言い訳を考える。
「なんか、ほら。いつもならスウェットとかワンピースとか多いけど、こんな脚を出した部屋着みるの中学以来だからさ」
「あぁ、そっちね。……そういえば、来週はあの子の命日だったね」
「あの子……て、そうか。あの事件が起きた日か」
薫は落胆した顔で視線を部屋の隅に向ける。その視線を辿ってみると、中学時代の薫の写真立てがあった。
中学の図工の授業で作った小さな本棚の上に、黒い写真立てと陸上部女子県大会二位のトロフィー、水の入った小さなコップと駄菓子が飾ってある。
まるで、粗末な手作りの仏壇と遺影のようだ。
「あの子って昔の陸上部のエースだった頃の薫だろ? いつも言ってるけど、俺にとって薫は今も昔と関係ないよ」
「頭では分かってる……。私とあの子は性格も考え方も全く違うって思うの」
「まぁ、確かに違うよな」
俺は黒の写真立ての薫をみる。優勝トロフィーを持って元気にガッツポーズをしている中学の薫をこうしてみると、子供向けの少年マンガの主人公みたいだ。ただ、今見ると画質は悪く色褪せていて、振り返ろうとすると少しずつ俺も思い出せなくなっていた。
「ねぇ、龍世は昔の私。いや、あの子の事好きだった?」
薫は写真立てに写る薫に手を合わせてから、俺に質問する。
「好きだよ。思えば、元気いっぱいで男勝りでお転婆な子だったな」
「ふふ、残念でした! あの子はもういないんだけどね」
薫は俺に乾いた笑いを向ける。
「いや、前に病院へ運ばれた時にでてこなかったか?」
「あぁ、全く。私にとってはあの子は時々乗っ取りくる幽霊みたいな子なの」
薫は遺影みたいな写真を前にして俯く。片目を隠す為に伸ばした髪の毛で見辛いが、今にも泣きそうだ。
不味い……。このままだとまたメンタルの疾患が悪化しそうだ。頭木と和解してからやっとメンタルが安定したと思ったのに、ここで拗れると薬の服用を多くしないといけない。
「ねぇ、龍世。私とあの子、どっちが好きなの?」
薫は涙を堪えた表情を俺に向ける。何だろう、この表情は表情で可愛いと思うのは気のせいか?
「な、なんなんだ。その質問。まるで夫に不倫相手と自分どっちが良いのかを問いただす妻みたいじゃないか。同一人物じゃないのか」
「……わかってるけど、質問に答えて」
さて、参ったな。この質問の答え方次第では、今後の関係にヒビが入るのは確実だ。
「どっちも好きだけど、あの子より今の薫のほうが一緒にいて落ち着くし可愛いよ」
「落ち着くって、どのへんが? 詳しく教えて」
俺は一呼吸を置いて正直に答えると、薫は不安と喜びが混じった表情になる。薫は四つん這いになって徐々に俺の方へ近付くが、俺は目のやり場に困って目線を泳がす。
「こんな私が落ち着くって? 可愛い? ねぇ、なんで目線逸らすの? ちゃんと、私の片目を見て教えてよ……ひどいよ」
「な、なぁ、本当にちゃんと見て良いのか?」
俺の質問の意図に気付いたのか、薫はタンクトップから見える胸の谷間を咄嗟に左手で隠して頬を赤らめる。
「……変態」
「いや、見せたの薫の方だろ」
薫は小さく呟いて女の子座りをする。胸元を両手で隠して恥ずかしそうに震えている。もはや、俯いていて彼女の表情が読み取れない。
「ふふ、あの子にとって胸が膨らむのがコンプレックスなのに。あの子に勝てる武器がもうこれしか無いのかな……私」
薫は、聞こえるか聞こえないかの声で独り言を呟いている。一体何の話なのかは分からないが、俺はその様子をみて焦りを感じた。
彼女の呼吸がだんだん浅くなっていき、全身が真っ赤になっていく。またあの時みたいに過呼吸になって倒れる可能性を考えた。
不味い、何か話題を逸らして薫を落ち着かせて置かないといけない!
何か、何かあるか?
「は、話を戻すけどさ。ホラーゲームやらないか?」
「へ?」
薫はキョトンとした顔を、こちらへ向ける。