「いつもながらお似合いですね! 流石武岡ヘンタイ」
「とうとう、君まで俺の事をヘンタイ呼ばわりするのか。七川」
空き教室にて、俺と薫は七川のコスプレグッズの準備をしていた。
七川はSNSで自身のコスプレ衣装をアップして宣伝しつつ、関連のグッズを販売するという事業をしている。
今日は、七川のグッズ販売の商品作りをしていた。
「うぅ。ごめんね、龍世」
薫はグッズ作りの途中で体調不良になったので、今は俺の隣の席に座って、頭を俺の膝に乗せてぐったりしている。俺はたまに彼女の具合をみては撫でている。
「いやぁ端からみると、寝込んでいる猫ちゃんを気にかけながら仕事してるように見えるんだよねぇ」
七川はニヤニヤしながら作業をしている。
「とはいえ、流石にふたりで作業するのもキツイかな」
七川はまだ完成していない商品を指差す。みると、半分も終わってない。
「正直、今のペースだと終わらない気がするが」
「そうだね。できれば次のハロウィンイベントまでに間に合わせたいんだけど、助けを呼ぼう」
「助け?」
「私は仮にも学級委員長なんだよ? 超頼れる友達に声かけておくから、ちょっと待ってて!」
七川が自信満々に言い残し、教室を後にする。薫はまだぐったりしているが、龍世の膝の上で少し顔を上げた。
「……私のせいで作業が遅れてるよね」
「そんなことない。むしろ、薫がいてくれるだけで十分だよ」
龍世は微笑みながら、優しく薫の髪を撫でる。薫は驚いたように彼を見つめたが、すぐに目を逸らし、「ありがと」と小さく呟いた。
「そ、そうか。助かるよ。それまで俺たちで少しずつ進めていくよ」
「じゃ、頼むよー。それと、武岡くんなら分かってるとは思うけど、生理中の性行為はお互いに感染症のリスクあるから絶対にやめてね」
「いや、しねぇよ!」
俺は思わず、顔を真っ赤にして大声で叫ぶ。
「ま、それなら一番良いんだけど。薫ちゃんの事を気遣ってね」
七川が空き教室から出ていく。
「……ごめんね。龍世の迷惑になって」
「いや、別にいいさ。男の俺には分からないけど、薫が辛いのは見ていられないよ」
「龍世、優しいよね。……ありがとう」
薫は目を細めて眉を潜めていて、苦しそうだ。
「俺、出来る事なら何でもするから言ってくれ」
「じゃあ、今度は背中をさすって」
「こ、こうか?」
俺は小刻みに震えている彼女の背中をゆっくり丁寧にさすってみる。
彼女の表現はほんの僅かだが、穏やかになった気がした。
「うん、少し楽になった。ありがとう……。龍世がいないとやっぱり上手くいかないね、私」
彼女はいつになく弱気の言葉を呟く。
「いきなりどうしたんだ? 下着の件や頭木との和解で元気になったんじゃないのか?」
「でも、それって龍世に負担が大きくて何のメリットが無いよね……」
なんとなく、言わんとする事が分かった。薫の抱えている問題を、俺が解決してきたように見えて自己肯定感が低くなっている。後はホルモンバランスの影響もデカいのかも。
「いや、そんな事は無いよ。少なくとも、DV彼氏疑惑が解消されたし、太宰の意外な一面が見れて楽しかったよ」
「そ、そうだよね」
俺の言葉に、薫は一瞬目を見開いた。そして、すぐに目を伏せ、唇をかみしめる。
「……私なんて、そんなに大したことしてないのに」と、消え入りそうな声で呟いた。
「俺さ、小さい頃から薫に助けて貰ったから少しでも恩返ししたいって思っているし、一緒にいたいと思っている」
「恩返し? 一緒にいたい?」
薫は、俺の膝から離れて身体を起こす。
「俺が小学校で孤立してた頃、薫が『家においでよ』って誘ってくれてさ。おばさんの手作りのパンをみんなで囲んだあの時間が、俺にとっては特別だったんだ。それで、俺も薫の力になりたいと思った」
俺は薫の片目をじっと見つめる。
「そんな事、覚えていたんだ」
薫の表情に不安はなく、涙目になっていた。
「俺にとってメリットデメリット関係ないんだ。だから……俺は薫とそばにいたい」
俺の一生懸命に考えた言葉を、薫の片目に涙を零し「うん……うん」と頷く。このタイミングなら「薫の事が好きだ、付き合ってくれ」と言えると思った。だが、俺は「そばにいたい」以上の言葉が出なかった。
薫は一瞬驚いたように目を見開き、そのあと、頬を赤らめながら「……そばにいたい、か」と小さく呟いた。
その言葉を繰り返すように、薫は口元に手を当てて俯く。
薫は小さく笑って「私も……そばにいてほしい、かな」と呟いた。その瞬間、頬がほんのり赤く染まり、視線が恥ずかしそうに揺れる。
「……私、もっと自分に自信を持てるようになりたいな。龍世がそばにいてくれたら、きっと少しずつ変われる気がする」
薫の一言で、俺の心臓がバクバクしてハグしたくなった。
これ以上何かを言おうとしても、また喉が詰まったみたいに声が出ない。今、言葉にしてしまったら、この瞬間が壊れてしまいそうで怖い。
俺は小さく息を吐き出しながら、ぎこちなく微笑んだ。
「とりあえず、これからも一緒にいような」
「ちょっと頼れる助っ人を連れてきたよ!」
教室のドアが勢いよく開き、七川が満面の笑みで戻ってきた。後ろには、太宰と頭木が顔を覗かせている。
「さっきの武岡くんの話は良かったんだけど、あと一歩の勇気が必要だなぁ。でも、言えてよかったね!」
七川が満面の笑みを浮かべて戻ってきた。 その後ろから、ギャルの太宰と、頭木が顔を出す。
「二人とも、いい雰囲気だったのに邪魔しちゃったかな~?」
太宰がニヤニヤしながら薫を見て、次に俺の方へ移る。
「そ、そんなことない!」
俺が遠慮して否定すると、太宰が「まあまあ」と肩をすくめる。
「とりあえず、手伝いに来てやったんだから感謝してね。薫ちゃんも無理しないで、私たちに甘えていいんだから!」
太宰が薫にウィンクすると、薫が「ありがとう」と小さく微笑んだ。
「ふたりとも私がいない間作ってくれてありがと。お疲れ様! 残暑で暑いだろうから買ってきたよ」
七川は、俺と薫に自販機で買ってきたヨーグルトジュースを渡しながら明るく話しかける。
「武岡先輩、あの時薫先輩の仲を取り持ってくれてありがとうございます。私はコスプレグッズの手伝いには参加出来ませんが、おふたりのサポートは全力でさせていただきます」
「いや、それでふたりが良かったら良いんだ」
頭木は俺に頭を下げてお礼を言う。
「それにしても、ハロウィンの準備が進まないとマズいよねー。これが成功すれば、コスプレグッズもバカ売れ間違いなし!」
七川がそう言いながら、カバンからハロウィン用の装飾品を取り出した。
「そうだ、せっかくだから薫ちゃんと龍世くんのペアコスってのはどう? ペアで宣伝したら絶対目立つし、面白そうじゃない!」
「ぺ、ペアコス!?」
龍世と薫が同時に驚きの声を上げると、太宰がニヤリと笑った。
「いいねぇ、それ。カップルっぽくてウケるかもよー?」
太宰京香はイタズラっぽく薫の肩に手を乗せる。
「でも、薫ちゃんが本番に出られないようじゃ意味ないんだから、ちゃんと体調整えてよね? 後はたちで作るから、二人は早めに帰って身体を休めてね」
「そうだな、七川の言う通りだ。じゃあ、また」
こうして、俺たちは帰宅することになった。