「うわぁ! 結構可愛いのからセクシーなものまで色んな下着があるんだ!」
「うわぁ……。結構色んな下着あって女の聖域みたいな感じで入りづらい……」
次の休みに、俺と薫は
店内の様子は至る所にブラジャーとパンツのセットが並べられていて、見るものを圧倒する。
「あ! これ良いかも。龍世、ぼーっとしてないで早く早く!」
薫はまるでおもちゃ屋ではしゃぐ小さな子供の様にアスレチカ・レースの店内へと入っていく。
俺は、周囲を見渡してクラスメイトがいないか確認してから店内に入る。
頼む。せめてクラスメイトの誰かに会いませんように。
店内に足を踏み入れると、柔らかな照明が落ち着いた空間を照らしていた。壁際にはカラフルなブラジャーがディスプレイされていて、ピンクやパステルブルー、黒のレースが目を引く。真ん中の棚にはセットアップの下着が美しく並べられ、どれも高級感を漂わせている。
ほんのり爽やかなハーブの香りが漂い、店内全体がどこか非日常的な雰囲気を醸し出していた。
俺は視線のやり場に困りながら、薫の後ろについて店内を進む。陳列棚のブラジャーが視界の端に入るたびに、目が自然と泳いでしまう。落ち着け、俺。別に変なことを考えているわけじゃない。ただ、こんな場所にいること自体が、俺には場違いすぎるんだ。
ディスプレイの何処を見渡しても下着だらけで、頭がおかしくなりそうだ。
「すげぇ……。こんなに種類があるんだな」
思わず漏らした俺の声に、薫がくすりと笑う。
「でしょ? 女の子にとってはこういうお店、宝の山みたいなものなんだよ」
いや、宝の山とか言われても、俺にはどれが普通でどれがすごいのか全然わからない。
ただ、一つわかるのは、俺がこの空間にいることで、なんかとんでもない犯罪を犯している気分になるってことだ。
薫が棚のブラジャーを手に取り、レースの感触を確かめるように指先で撫でた。
「これとかどうかな? 動きやすそうだし、スポーツ用だから揺れないって書いてあるよ」
「そ、そうか。確かに……いいんじゃないか?」
薫の隣で、俺はなるべくディスプレイの下着に目をやらないようにしながら頷く。それにしても、こんな場所に普通にいる薫がすごく大人に見えるのはなんでだろう。
薫がふいに振り返って俺を見る。
「ねぇ、龍世もちゃんと選ぶの手伝ってよ」
「え!? 俺が? いや、そういうのはお前が決めるべきだろ」
「でも、一緒に来てくれたんだから、少しは協力してよ」
薫の上目遣いに押されて、俺は仕方なく目の前の棚に目をやる。
「えっと……これとかどう?」
俺が何も考えずに指差したのは、布面積が小さくてかなりセクシーなデザインの黒の下着だった。
「ふぅん……龍世。そういう趣味なんだね」
薫が顔を真っ赤にして微笑む。その表情に、俺は一気に冷や汗が噴き出た。
「違う! 絶対違う! 今のは本当に何も考えずに選んだだけだから!」
「じゃあさ、ちゃんと選ぼっか」
「お客様ー。商品選び一緒に……。て武岡くんとかおちゃん ?」
「だ、太宰!」
「きょーかちゃん?!」
横から店員がやってきたと思って振り返ってみたら、クラスメイトのギャルの太宰京香だった。
「いやぁ、まさかまさかおふたりがうちのバイト先に来るとは。ナナっちから聞いたけど、お似合いだねぇ」
うわぁ、一番会いたくないクラスメイトに会ってしまった……。
太宰はニヤニヤしながら俺たちの顔を交互に見る。ちなみに、ナナっちとは七川委員長の事で、俺たちと同じく七川のコスプレグッズ作りの副業を手伝っている。
「京香ちゃんこそ、ここでバイトしてたんだ」
「そだよー、かおちゃん。最近ナナっちの手伝いに顔出してなかったけど、元気取り戻してて何よりー」
太宰は薫の肩をポンポン叩いて笑顔を振りまく。
「そーいや、どういった目的で商品をお探ししてる感じ? あーしはバイトだけど、下着センスバッチリだから皆の相談に乗ってるよー」
太宰京香は誇らしげに胸元のネームプレートを指差す。そこには『ランジェリーコンサル太宰京香』と書かれていた。
「じゃあ、頼もっかなぁ」
薫は店員が知り合いだと分かると、表現が緩んだ。
「あ、ランジェリーの悩みはプレイ用と医療用、普段用で違うから別々だから混ぜずに頼むー」
「プレイ用って……」
「武岡くん。私は真面目に言ってるんだよ」
俺の呟きに、太宰は真面目な顔で男性の用なワントーン低い声で嗜める。
「んー。男の人にはよく分からない領域だから仕方ないんだけど、女の子の悩みは複雑だよ」
太宰はそう言って、三種類の下着を商品棚から取り出す。
「例えば、旦那や彼氏との営みのマンネリ化で悩んでるとか、病気か何かで乳腺壊れて母乳が出やすくなるみたいな人向けの医療用。激しいスポーツで気になる乳揺れを防止するサポーターもあるよ」
太宰の真剣な解説を聞いた俺は、自分の浅はかな考えに恥ずかしさを覚えた。
そうだよな。薫だってデリケートな悩みを抱えているのに、何を考えているんだ。
「悪かったよ。太宰」
「良いて、分かれば良いのである」
太宰京香は、太宰治の一文にありそうな言葉で答える。
「察するに、乳揺れが気になるからここへ来たんだね、かおちゃん」
「うん、そうだよ」
「なら、こっちのシリーズのランジェリーが良いよー」
太宰は、薫におすすめのランジェリーがあるコーナーを指差した。
「ありがとうきょーかちゃん!」
薫が太宰にお礼を言うと、太宰はテレ顔になった。
「ちなみにさっき武岡くんの手に持ってる奴はパートナーが脱がしやすい様に、上も下もマジックテープが付いてるプレイ用だよ。クロッチも小さくて下着としての機能性は最低限レベル。普段と違う激しいプレイにおすすめー」
「な!」
「ふぅん、そういう性癖なんだねぇ」
薫はニヤリと笑う。
「違う! 違うぞ、断じて!」
「元気良すぎる声だねぇ。これから良い事があるのかな?」
太宰京香はニヤついた顔で俺をからかった。……やっぱり、太宰には会いたくなかったと思う俺だった。
こうして、太宰のアシストのおかげで、お気に入りの下着を何着か見つけることが出来た。
太宰の「この素材は汗を吸収して乾きやすい」「このブラの素材は大きな胸の揺れを抑えてくれる分、締め付けがキツイから長時間の着用に向かない」といった機能面の説明をしてくれたのはありがたかった。
ただ、薫が実際に試着する時に、薫と太宰から「覗きたいならこっそりとね」「こういう下着が好みなんだ」とからかわれたが我慢しておこう。下着姿の薫が見れただけでも良しとしよう。
「あ、会計どうしよう。お金半分ほど足りない……。いくつか買うの諦めようかな」
薫は真っ青な顔で財布を見ていた。
「しょうがないなぁ。俺も出すよ」
「え! 良いの?やったぁ!」
俺の一言で、薫は小さな女の子の様にはしゃいだ。その笑顔に俺はほっこりしたのだが、その分大きな出費できつかった。まぁ、新しくバイトするか親に土下座してお金貰うか。
「あ、ちなみにうちのアプリ新規登録とカップル割引で最大半額! お安く出来るよー」
「「か、カップル?!」」
俺と薫の声がハモる。お互いに顔を合わせると、顔が真っ赤になっていて恥ずかしくなっていた。
「おーおー息ぴったりだね。夫婦漫才だねぇ」
「いやいや、俺たちそんな関係じゃなくて」
「いやいや、私たちそんな関係じゃなくて」
「おやおや。じゃあカップル割引使えないから、その分高くなるけど良いのかなー」
結局、俺たちはカップルとしてアプリ登録の手続きをして会計した。支払いは俺で、レシートを受け取ると俺たちはそそくさとお店を後にした。
「あ、あの……下着選びありがとう。龍世」
「お、おう。良いのが見つかって良かったな」
まさか自分までからかわれるとは思ってなかったのか、薫は頬を赤らめて恥ずかしくなっていた。
「今度、練習……する時に試すから、明日も付き合ってくれる?」
「お、良いよ。俺も運動したいところだし」
「せっかく、お気に入りのブラも買ってくれたし、何かお礼をしないと」
「いやいや、そんなお礼だなんて」
「じゃあ、今度遊びに行く時は龍世が選んだ下着で遊ぼうかな! それか、わざと透ける服着て誘惑するとかも」
「おいおい、また俺をからかうのかよ……て」
「……お母さんと、龍世のお母さん?」
アスレチカ・レースから出た俺たちは、仕事終わりの俺の母親と薫の母親とばったり鉢合わせてしまった。俺たちは顔を再び真っ赤にして固まると、俺たちの母親は俺の手に持っている下着入りの紙袋とお店を交互に見た。
「あらあら、彼氏好みの下着買ってくれたのね。薫ちゃん、後でちょっとお母さんにも見せて?」
「そ、そうだけど、そういう事じゃなくて! 嫌だ!」
「龍世、これから彼女さんに自分好みのブラとパンツをはかせてラブホへ行くのかしら?」
「ちちち、違う! ささ、さっきこれ買ったから行く金ねぇし! って違うからな!」
「え?! 龍世がお金出したの?!」
「良いなぁ、薫の旦那さん男前で」
「ちょっと、お母さんも龍世のお母さんもからかうの止めて下さい!」
「フフ、お義母さんでいいのよ? 薫さん」
薫が双方の母親に『これはスポーツ用なの!』と必死に説明したが、笑われただけだった。
こうして、俺たちは下着を買った事を双方の家族全員にバレてしまう事に……。
振り返ってみると、オレは色んな人から一日中からかわれる災難な日となった。