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第15話 彼女の後輩

「まさかまた彼女を庇って怪我したのか。薫さんは良い彼氏さん持ったねぇ」


「えへへ、彼氏だなんてそんなぁ」


「武岡。君はもう少ししばらく彼女を大切に扱いなさい」




 俺と薫は翌日、担任の先生に呼び出され今生徒指導室にいた。昨日の薫の痣問題の解決の為のシュミレーションをしていたが、それによって怪我だけでなく、俺も怪我をした。




「一応、七川さんから聞いたが、本当に大きな怪我しなくてよかったな」




先生は安堵したように頷き、それから俺の顔を覗き込む。




「……でも念のために聞くけど、プレイもほどほどにしてね?」


「ちょっ……!?」




俺は思わず声を上げる。


先生の目が一瞬だけ鋭くなって「冗談だよ」と笑った。だが、目は笑っていなかった。


 なんで先生は含みのある言葉を俺の耳元で呟いたんだ? 先生は何処か俺を疑っているような気がする。担任、何か勘違いしてないか?




 あの時俺は、七川が即席で作った胸パットをつけてしばらく歩いていた。その時に俺は脚を挫いて右足を捻挫して顔にたんこぶが出来た。


 一方、薫の方はバランスを崩した俺を助けようとして逆に転んでしまい、頬と顔に痣が出来た。


 そんな包帯を巻いて湿布を貼っている俺達を、クラスメイトは好奇の目で見ていた。




「何か変な目で見られているね……。ごめんね。私なんかの為に」


 捻挫した足を引きずっている俺に歩調を合わせて歩く。


「謝るの辞めてくれ。何か勘違いされるだろ」




 額に包帯、頬に湿布を貼った彼女は申し訳なさそうな顔をするが、本当に辞めてくれ。


 なんか、こう。はたから今の薫の顔を見ると、DV彼氏にボコボコにされた彼女に見えるからさ。




「あ、うん。勘違いされると、龍世困るよね。……彼女って勘違いされるの」


「いや、そっちじゃなくて……」




 俺は、一度息を飲んだ。


 彼女の俯いた横顔が、どこか寂しそうに見えたからだ。




「とにかく、薫の笑顔が見たいんだよ」




それだけは、ずっと本心だった。


 俺は頬を赤らめて訂正する。




「それってどういうこと?」




 薫も頬を赤らめて俺の眼をじっと見つめている。




「えっと。まぁそうだな」




 お前の事が好きだ。たった一言が言えず、もどかしく思っている。今ならサラッと言っても、彼女は受け入れてくれるかもしれない。




 言おうとすると、いつぞやの夢の中に出てきた小四の薫の顔と「あーあ、いっけないんだー。見捨てたくせに都合が良い時に擦り寄るんだ」の言葉がフラッシュバックして来る。




 そうだよな、俺は薫の事を都合の良い女としか見てないんだ



「うわぁ!」


「きゃ!!」




 突然、よそ見した俺は誰かとぶつかって転んでしまった。




「う、うわぁ。大丈夫!」




 薫の声が聞こえるが、俺の視界は誰かの制服でふさがっていてなにか柔らかいものを感じる。




「え、えっと……。もしかして、武岡先輩?」




 女の子の声が聞こえた俺は嫌な予感がしたのでゆっくり顔を上げると、高校一年生らしき女子生徒がいた。しかも、俺は女子生徒の胸の中から飛び込む形になっていて、彼女の胸にうずめる形になっていた。




「うわぁ!」


「きゃあああ!!」




 女子生徒と目があった瞬間、俺は彼女から飛び起きた。女子生徒は、両手で胸を抑えて顔を真っ赤にしていて俺の顔をまっすぐみる。




「ご、ごめん! よそ見してた! け、怪我はないか?」


「ええっと、こちらこそすみません!」




 俺と後輩女子はお互いに立ち上がって謝る。




「えっと、頭木さんだよね」




「桐生先輩もいましたね。いえ、おふたりがいるのは当たり前ですよね」


 薫と頭木はどうやらお互いの事を知っているみたいで、気まずい雰囲気が流れる。一見控えめだが、その声のトーンにはどこか隠しきれない熱がこもっていた。




「えっと、薫。この子知ってるのか?」


「う、うん。この子、中学の陸上部の頃の後輩なの」




 薫は、視線を下げて答える。黒髪をひとつにまとめた清潔感のある後輩。彼女の瞳には、まるで何かを探るような鋭さがあった。




「はい。改めてご紹介しますね。この高校の陸上部所属の頭木優菜です。貴方は『海東中学のエースを救った英雄』ですね、武岡龍世先輩。噂は予予伺っておりました」




 頭木優菜は深々と頭を下げた。だが、その声色にはどこか冷たさが混じっていた。




「優菜……」




 薫が小さな声で呟く。彼女の視線は優菜の足元に向けられ、手はぎゅっと握り締められていた。




「武岡先輩、少しだけお時間をいただけますか。どうしてもお話したいことがあるんです」




 優菜の目は真っ直ぐに俺を見つめていた。その瞳の奥に、言葉では言い表せない複雑な感情が渦巻いているのを感じた。




「優菜、何をするのか知らないけど、ちょっといい加減にして」


「桐生先輩、彼氏様にちょっと御用があるだけです。先輩のお手間は取らせません」




 薫は低い声で後輩を睨みつけるが、優菜はにっこり微笑む。けれど、その目はまったく笑っていなかった。




「頭木さんだったね。俺に用ってなんだ?」


「はい。申し訳ございませんが、私と二人きりでお話ししたいのですが」




 俺に対しては一件丁寧に接しているように見えるが、頭木目は笑っていない。どこか他人行儀で冷たく感じる。




「……俺に何の用か知らないけど、わざわざこうして話しに来たってことは、何か重要なことなんだろ?」




 俺は優菜をじっと見る。


 彼女の目はどこか冷たく、そして、何かを訴えるようにも見えた。




「薫、向こうがそう言っているんだ。売店あたりで待っててくれないか?」


「で、でも、この問題は私の」


「いや、君の後輩だから心配ないと思うし、もしも何かあったらスマホで連絡するよ」


「分かった。……五分経っても戻って来なかったら連絡するね」


「あぁ、それで良いよ」




 俺は不安げな薫の肩を優しく叩いてなだめていると、とりあえず納得してくれた。




「先輩が……躾けられている」




 俺の背中から頭木の声が聞こえるかギリギリの声で呟くのが聞こえたが、気のせいか?




 俺は薫が売店の方へ行ったのを確認すると、頭木は「どうぞこちらへ」と言って物置部屋へ案内された。


 その頭木の表情は、何処か哀憐の情が籠もっていた。まるで、かつて憧れていた人間が落ちるところまで落ちぶれてショックを受けているような感じだ。




「で、頭木さん。俺に聞きたい事って何なんだ?」


「単刀直入に言います。桐生薫先輩から離れて陸上部へ復帰させてくれませんか?」


「はい?」

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