「眼帯って意外と蒸れやすいんだな。なんか、こうムズムズする」
放課後の空き教室にて、俺と七川委員長は、薫の眼帯を借りて作業する事にした。
右側が塞がってるから見えないのは分かりきってはいるが、この不快感で生活してたのかよ。
「えっと、その、二人とも我慢しなくても良いよ」
薫は俺たちに心配そうな顔で話しかける。
「でもまだ疑いは完全に晴れたわけじゃないから、検証させてもらうわ」
「まだ疑ってるのかよ!」
「いつッ!」
俺が七川の方へ降り向こうとした時に、思わず俺の右肘を七川の胸にぶつけてしまった。
「ご、ごめん! 七川。大丈夫か?」
七川は胸を片手で押さえて顔を真っ赤にしながら無言でビンタしてきた。
「わ、わざとじゃねぇよ。右目眼帯してて見てねぇから」
「わ、分かってるけど! 男性に触られたくない」
「悪かったって、ごめんよ」
俺は必死に謝る。
「……この状況楽しんでない?」
「いや、薫。誤解だよ」
「本当に?」
「そうだよ。それよりも、本当にこんな目線で生活していたとなると、痣が出来てもしょうが無いな。これ」
今度は薫が俺に対してジト目で睨みつける。なんか、今日の薫の雰囲気がちょっとウェットな感じなような。
その後俺たち三人は、七川のコスプレグッズ製作をするのだが、確かに作るのに苦労していた。感覚が上手く掴めず塗装がはみ出る事があった。
俺は慎重に歩いたから、転ぶことはなかった。
でも、激しく動くと何度も机や椅子の端にぶつかって、地味に痛い。
「くそ、こんなに当たるもんなのか……」
もしこれが毎日続いたら、そりゃ痣もできるよな、と納得した。
「うーん、片目だけの生活だけだと転びやすいってわけじゃないな」
反対に、七川の方の歩きがおぼつかない様に見えた。
「きゃ!」
七川は机の脚に引っかかって転びそうになっていた。
「大丈夫か?」
俺と薫は委員長の方へ駆け寄るが、怪我はなくて大丈夫そうだ。
「あ、分かった!」
「え?」
「薫さんの胸、大きいでしょう? それが視界の邪魔になってるんじゃないかしら」「あ」
俺はやっと気付いて薫の方を見ると、恥ずかしそうに手で胸を押さえる。
「そ、それは……そんなことない……よ……」
薫は小声で否定するが、明らかに動揺している。
彼女の視線は伏せられ、顔が真っ赤になっていた。
俺は彼女の表情を見て可愛いと感じたが、本人にとっては深刻な問題だ。
七川は、いいアイデアがあると言って何処かへと行った。ふたりっきりになった俺たちは空き教室の椅子に座ってグッズ作りの片付けをする。
「龍世。私って、ほら。中学校の時に急に大きくなって困っていたの」
薫は胸元の痣を擦りながら、自分の悩みを赤裸々に語り始める。
「中学二年から急に大きくなりはじめて、大好きな陸上でも走るのが邪魔になって……。サラシを巻いて対処してもそこから昔の自分の平均スコアから段々遠のいて、自信がなくなったの」
そういえば、その時期から彼女のメンタルがおかしくなり始めたのは。陸上部のエースから外れて部活を大会目前に退部してたっけ。
「私は運動が好きだった。こうなる前は、男子に混じってかけっこしたりドッチボールしたりするのが好きなの。でも、胸だけが大きくなってそれが出来なくなって」
彼女は俯き、恨めしそうに自分の胸を見る。
「そっか。そうだよな。好きな事が段々出来なくなるのって辛いよね」
俺は俯く薫を見て、どう声をかければいいのか迷う。でも、彼女の苦しみを少しでも減らしたい。
「でも、薫。好きなことを取り戻す方法や他に好きになれるものを一緒に探せるかもしれない。俺が全力で手伝うからさ。まずはできることから始めてみないか?」
薫が顔を上げて、少しだけ驚いたような表情を浮かべる。瞳の奥に、ほんの少しの光が戻った気がした。
「……本当に?」
「もちろんだよ。俺が保証する。薫がどんな悩みを抱えてても、俺はお前の味方だから」
「うん」
彼女は微笑み、ハンカチで涙を拭いた。
「でも、この身体で良いこともあるかも」
「ふたりともお待たせ! 良いものを持ってきたよ!」
突然、空き教室の扉から七川がやってきた。
みると、両手に荷物を抱えている。
「本当はシリコンの胸があれば良いんだけど、これで再現してみようか」
七川が笑顔で差し出したのは、ペットボトルが詰まった小さな段ボールだった。
「これ……なんだよ?」
「完全再現は難しいけど、先生から賞味期限の近い非常備蓄のペットボトルを借りてきたの。重さは大体同じくらいで」
「七川、よくこんなの持ってたな……」
俺が呆れると、七川は自信満々に胸を張った。
「これを武岡君の胸に紐で括りつければ再現できるかも。さぁ、試してみて!」
俺は七川と薫の手を借りてペットボトルが沢山入った段ボールを括りつけて教室の中を歩いてみる。たった数歩で体が重く感じ、視界の狭さに何度も机の端にぶつかる。しかも、ペットボトルに入っている水が結構揺れるのでバランスが取りづらい。
「なんだこれ、思ったよりキツいぞ……!」
「でしょ? これが薫さんの世界なのよ」
俺が薫をちらりと見ると、彼女が少し寂しそうに笑っていた。
「それでも、龍世が手伝ってくれるなら頑張れる気がする」
その言葉に俺は胸が熱くなった。