「あ、また鼻血が出てるよ。龍世、あの事件からずっと出てない?」
大学病院の精神科の受診を終えた帰り道、薫が俺の顔を見て心配そうになった。そういえば、コスプレイベントで神田と遭遇した時にすっ転んで鼻をぶつけた時から、ずっと鼻血が出やすくなった。
「一応、鼻も診てもらったけど、鼻の粘膜が傷付いただけでしばらくしたら治るみたいだってさ」
俺はポケットの中からティッシュを取り出して、鼻血をふき取ってから鼻を詰める。
「ほ、本当にそうなのかな。ひょっとして、変な想像してるとか?」
「な、そんなわけじゃないって!」
俺は薫のニヤリとした顔と言葉にドキッとして咄嗟に大声を出した。その大声に驚いた薫の顔が一瞬引きつる。
「あ、いや、そうだったら気になるなぁって」
「何が?」
「龍世、どういうのが好きなの? エッチな本」
赤面した薫の顔を見た俺は心臓が飛び出るかと思った。俺は妙な冷や汗をかいて口を紡ぐ。
「あ、黙った! どういうの好きなの教えて? ……たとえば、その……胸とか……太ももとか?」
「いや、あの……え、えっと」
俺はしどろもどろになって、動揺しながらも何とか必死に言い訳を考えている。くそ、なんて言えばいいんだよこれ。俺の心臓が小刻みに震えて苦しくなる。
「なぁ、龍世」
薫がぽつりと呟いた。
「ん?」
「……最近、たまに思うんだけどさ」
「な、なんだよ」
薫がちらっと俺の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。
「たまに私の胸、見てない?」
「ぶっ!!??」
俺は思わず咳き込んだ。
「み、見てねぇよ!」
「ほんとぉ?」
薫がじっと俺の目を見つめる。
「え、えっと……」
「じゃあさ」
「……?」
「試しに、触ってみる?」
「なななななな!?!?!?」
「ぷはっ! 冗談だよ!」
薫が楽しそうに笑う。
「お前なぁ……心臓に悪い……」
世界が一瞬無音になった。真夏の夕陽が街並みを茜色に染め、薫の顔にもその光が降り注いでいた。彼女の赤らんだ頬がその光のせいか、照れのせいか分からなくなる。
俺の頭の中で「触りたい」「止めとけ」の言葉で埋まっていき、考えがまとまらない。
「そんなこと、言われてもってお前が照れてどうすんだよ」
「いや、あの。その場のノリで言っただけだよ」
しばらくの間、その場に止まってお互いを見つめる時間が続いた。なんか、お互い気まずい変な空気が流れ始めていく。遠くからセミの声が聞こえ、アスファルトの熱が生暖かい風とともに頬を撫でる。
「ねぇ、また鼻血出てるよ、ティッシュ詰めた鼻からまた血がしみ込んで垂れているよ」
「あ、まじか」
俺は急いでポケットからティッシュを取り出そうとするが、もう空になっていた。「どうすんだよ、もう替えのティッシュもないし」
「もぉ、しょうがないなぁ」
彼女はジト目で俺の鼻を見た後で、学生カバンからティッシュを取り出した。
「か、薫。サンキュー」
俺は薫に背を向けて血に染まったティッシュを取り出し、取り出したティッシュで包み、新しいティッシュを鼻に詰める。
「なぁ、とりあえず。あそこのコンビニでティッシュを捨てるついでになんか買い食いしようぜ」
「うん! ちょうど、最近登場したスィーツが気になっていたんだ! あ、今日は私が奢るからさ、一緒に食べようよ」
「いや、良いよ。俺が奢るからさ」
「いいって、いつも付き添ってくれるお礼がしたいの」
俺は薫に促されてコンビニに入り、鼻血で汚れたティッシュを捨てて新作スィーツと新しいティッシュを買った。
「このアイスクリーム大福もちもちしてて美味しい!」
コンビニから出た薫の安堵した顔をみてほっこりした。
「そうだな、流石ネットで人気なだけはある」
「そうだよね。ちょっとおっぱいに形似ているし」
「いや、確かに似ているけど! 変な気持ちになってないからな」
こうして、ふたりで食べている時間が癒される。こんな時間が長く続いたら良いなと思ったが、彼女の家の近くなっていて夕焼けが沈みかけて薄暗くなっている。
「えっと、あの。今日もありがとう」
「いや、こっちこそありがとう。また薬飲み忘れるなよ」
「うん! じゃあね」
俺は彼女が家に帰るのを見送った後、トボトボと自分の家へ向かう。
「そういえば、たまに私のおっぱい見ているよね? ……もしかして、触ってみたいと思うの?」
俺はさっきみた薫の赤面した顔を思い出して胸の高まりが止まらない。こんなことを考える自分が許せないのに、止まらない。
「一体、薫はなんでそういったんだ?」
本当にただの冗談だったのか? それとも……。考えれば考えるほど、俺の中で答えが出ないまま堂々巡りが続く。
「ってまたかよ」
鼻血がじわりと出ていることに気づいて、俺は苦笑した。まるで心の中の暴走を体が代弁しているみたいだ。