「今回の事件は、三人とも被害者よ。決して『あの時こうすれば良かった』なんて考えちゃいけないよ。もう起きた事だから悔やむ事は無いの」
俺の話を聞いた精神科医から励ましの言葉を貰ったが、気持ちは晴れない。あのコスプレイベントで七川がおじさんたちにクレームを入れられたり、薫がいじめっ子の手下に刃物を向けられたりしてから一週間経った。
「話を聞く限り、貴方は間違ってない。薫さんも、あの事件の事を彼女からも聞いたけど、貴方の事を責めていなかったわ。問題は、薫さんの貴方への依存度が強まって、幼児退行している事ね」
俺は診療室の窓をみてため息をつく。あの時の薫の泣き顔が頭から離れない。
診療室の窓から射し込む真夏の陽射しは、精神科医の白衣を眩しく照らしていた。 その陽射しは、何もかもを浄化する光のように見えるが俺の方に届くことはない。窓枠の影が俺の姿を包み込むように感じた。
「貴方が出来ることは、薫さんの心の傷に寄り添いながら、彼女自身が一歩を踏み出せるよう支えてあげること。それが本当の意味で彼女を守ることなのよ」
「はい、先生ありがとうございます」
「良いのよ。これも仕事よ。それと、彼女の事も大切だけど、貴方自身も傷付いているからセルフケアを怠らないようにね!」
俺は先生の笑顔を見て少し元気が出た気がした。
「龍世、本当に大丈夫?顔の怪我、今もズキズキしない?精神薬処方された?」
診療室から出ると、薫が顔を近付けて心配そうな表現をした。俺は例の神田と対峙してすっ転んだ際、額と鼻を思いっきりぶつけてケガをした。
「ちょ、近いって。落ち着いて」
毎回彼女が俺の顔に近付いてくるが、いつも可愛く整った顔を見るたびに自分の顔が熱くなる。
「あ、ご、ごめん。邪魔だよね、私」
「いや、そんな事無いよ。前にも話したが顔の怪我は大したこと無いし、何も処方されなかったよ」
「良かったぁほっとしたぁ……。龍世がいないと、ほんとダメになりそうで怖いよ」
彼女は胸を撫で下ろして受付の待合室の椅子に座る。
「薫さーん、診察の準備出来ましたよー」
診療室から先生の声が聞こえたので、薫は俺の手を繋いで診療室の扉を開ける。
「お願い、絶対どこにも行かないでね!」
「おう、待ってるよ」
バタンと、扉が閉まって診療室へ入るのを確認した俺は、待合室の椅子に腰掛ける。
「自分を責める必要はない、か」
俺は先生に言われた言葉を呟く。頭では理解しているつもりだが、どうしても薫の髪や眼帯で隠している片目を見ると後悔と自責の念がでてしまう。
あの片目の傷は、中学の頃に出来た傷跡だ。
桐生薫は、元々文武両道で人当たりは良く、皆が憧れるカリスマ的存在だった。
それ故に良いものも悪いものも関係なく惹きつける。羨望、嫉妬、逆恨み、悪意、そんな負の感情が渦巻いていた中学時代のある日。いじめっ子グループに階段から突き飛ばされた。その場にいた俺は咄嗟に彼女を受け止めていたが、その際に飛び散った俺の彫刻刀が彼女の右目に刺さって失明してしまった。
薫の右目に彫刻刀が突き刺さった瞬間、俺の中で何かが壊れる音がした。あの時の彼女の悲鳴と、鮮血に染まる制服――今でも悪夢のように蘇る。
俺はその後の事は出来るだけやったが、どうしても彼女の片目は治る事無く次第に彼女のメンタルが悪化していった。
それでも、薫は俺に感謝してそばにいてくれた。それだけでも嬉しいし、俺は出会った頃から好きだった。だが、彼女にその俺の気持ちを伝えるなんてきっと、おこがましいだろう。