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第7話 いじめっ子グループの腰巾着

「なんでお前が、桐生がここにいんだぁあ?」

「え、え? な……なんで?」 


 着信音のする方へ向かうと、着信音を頼りにたどり着いた先は、会場の片隅にある休憩スペースだった。壁に貼られたポスターが剥がれかけ、会場に設置された複数のゴミ箱にはどれも溢れかえっていた。群衆の喧騒が少し遠くに聞こえ、妙に静かな場所だった。


薫ともう一人の女が緊迫した雰囲気で対峙していた。薫の顔は顔面蒼白になっていて、後ずさりしている。よく見ると、薫の目の前にいたのは本来ここにいてはならない奴だった。


「……なんで、てめぇがここにいる?」


 俺の声が震える。

 そこにいたのは、小柄な女。髪は痛めつけたようなボサボサの茶髪交じりの黒髪で、顔色は悪い。


 神田まゆみ——あの事件の主犯グループの一人だ。

 小柄でうす汚れたダボったい灰色のスエットを着ていて、いかにも少年院から逃げてきたような見た目だった。


「お、おい……どういうことだよ」

「わ、私だって知るか! あんたらのせいで、あたしまで巻き込まれたんだよ!」


 神田の声がヒステリックに響く。

 確か奴は、薫を階段から突き飛ばしたいじめっ子の主犯格の金魚のフンで、直接突き飛ばし事件に関わってはいない。だが、主犯格の逮捕で、芋づる式で事情聴取の上別件で逮捕されて少年院にぶち込まれたはずだ。なぜ、この会場に?


「てめぇ……仮釈放されたって話は聞いていたが、なんでここに?」

「……逃げてきたんだよ!!!」


 奴の叫びによって、薫は顔面蒼白になり、固まっている。


「お前らのせいで、人生めちゃくちゃになったんだ……!」


 神田が涙目で叫ぶ。


「ち、違う! あんたがやったんじゃん!」

「うるせぇ! 薫! バイクをよこせ! じゃねぇと……!」


 神田が薫を強く引き寄せた。その瞬間——


「——やめろおおお!!!」


 俺は叫びながら、全速力で駆け出していた。

 しかし、俺が走った際に、コスプレ用の小物が服から零れ落ちて思いっきり躓いた。


「ぐっ!」


 膝を打った痛みがじわじわと広がる。


「う、動くな! 武岡! 本当に動くとこいつの命はないぞ」


 その瞬間、神田は懐から何かを取り出し、薫の首元に押し当てた。


「っ——!!」


 ナイフ!?  いや、違う。コスプレ用の小道具だ。

 俺が立ち上がって顔を見上げると、奴は彼女の喉元に俺が落としたコスプレ用のナイフを突き付けていた。奴の叫び声によって、周囲の目線が俺たちに降り注ぐ。

それよりも、不味いのは薫の精神状態だ。


「ひ、ひ……うぅ」


 薫の様子をみると、呼吸が浅く今にもパニック発作が起きそうだ。ただでさえトラウマ要因が目の前にいて人質刃物を突きつけられて正気を保ってられない。

 俺は奴をぶん殴りたい気持ちを抑えつつ、ジリジリと近づく。

 奴は薫の首を腕で絞め上げて黙らせた。 それを見た俺は頭に血が昇って吠える。


「そのおもちゃのナイフで刺せるわけねぇだろうがクズが!」

「お、おもちゃ? グォ!」


 神田が怯んだ隙に、薫は頭突きしてしゃがみ込む。

 俺はその隙をついて、準備していた催涙スプレーを奴に噴射した。噴射されたものはジェル状のもので、奴の身体にべったりとくっつく。


「うぁあああ熱い! 痛い!」


 ジェル状の液体は皮膚に密着し、強烈な焼けるような刺激を与えていた。神田まゆみは反射的に手を振り払い、悲鳴を上げた。

 その拍子に、奴が手に持っていたコスプレ用のナイフが駆けつけた運営スタッフの顔に当たった。

 それでも声にもならない奇声を上げながら俺の元へ向かってくる奴に向けて、俺はドロップキックする。


「早く俺の背中に隠れろ!」


 奴が頭から倒れるのを確認したから、しゃがんで怯えている薫の腕を強引に引っ張って神田から遠ざけた。

 その後、駆けつけた運営スタッフと制服姿の警察官とさっきの四人組のコスプレ警察がやってきて、暴れる神田を取り押さえて連行する。


 後で警察の事情聴取を受けたが、どうやら神田まゆみが仮釈放中に問題を起こして逃走していたらしい。警察に追われ、逃げ場を探す中でたまたまこの会場を見つけた。


 関係者入り口から不法侵入して警察をやり過ごすつもりだったそうだ。奴は、人混みに紛れていれば逃走しやすいし、運が良ければバイクを盗んで逃走するつもりだった。


 その時に、たまたま運営スタッフを呼びに行った彼女とばったり会ったらしく、そこで理不尽な怒りが込み上がって襲いかかったみたいだ。なんて身勝手な奴だが、薫にたいしたケガがなくて良かった。


「ふ、ふたりとも大丈夫!」

「俺は大丈夫だが、薫は」


 七川も合流して駆けつけてくれてひと安心した。しかし、薫は立ち上がれなくて俺のコスプレ衣装を掴んで泣いていた。


「怖かったよぉ。龍世! ごめんなさい!もうひとりにしないで、お願い……こわいよ。私の事、嫌いにならないで」

「もう大丈夫だから、ひとりにしないよ。怖かったよなぁ。俺もごめん」


 彼女が幼い子供の様に泣き叫ぶ姿を見た俺は、後悔の念と罪悪感を抱えながら彼女の頭を撫でた。彼女が震えている姿を見るたび、自分の無力さが刺さるようだった。


 あの時、俺が彼女と一緒に七川を助けていれば……。



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