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第6話 イベントトラブル

 視線を向けると、七川が即売会ブースで数人の客に囲まれていた。  


「……もめてる?」


 その場の空気が張り詰めている。


「ですから、何度もお話しした通り、著作権法の関係でコスプレのグッズデザインは元アニメっぽく作ったパロディ商品です。SNSでも商品パッケージでも明記しています。オリジナル商品が欲しいなら正規ルートで購入してください」


 よくみると、七川は一回り年上のおじさんふたりに対して説明している。


「SNSやコスは可愛いのに、この商品はあのアニメのパクリっぽいじゃん。オリジナルとそっくりにしなきゃそこは」


「こういうのは商品詐欺っていうんですよ。良くないことを自覚していますか?」


 おじさんたちは鼻息荒く難癖をつけているが、七川は怯む事なく、淡々と説明する。


「原作者に確認取って了承得ています。販売する事に罪は問えません。そっくりに作ったら著作権侵害になりますが」


「はぁ、AVだってパッケージと中身に差があったらショックですもんね。外見と中身は一緒であるべきなんだよ」


「貴方たちふたりをセクハラで運営に報告してつまみ出しますよ」


 おじさんたちは反論されて徐々苛ついていていつブチギレるのか分からない。それでも七川は一歩も引かず毅然とした対応をしているが、このまま放置するのは不味い。


「薫、急いで受付の運営スタッフに連絡してくれ。その間七川を助ける」


 俺はポケットに手を突っ込んで催涙スプレーの準備をする。


「え……うん。でも、龍世危ないよ。ふたりで止めに」


「悪い、頼む!」


 薫は不安げに俺のダボダボ衣装の裾を掴む。


 だが俺は、七川だけでなく薫まで被害を出すわけにはいかないと考えた。


「俺だって怖い。でも、ここで動かなければ七川も薫も守れない。それだけは絶対に許せない。頼む!」


「あ、うん!」


 薫が運営の所へ行くのを確認した俺は、周囲を確認する。ふたりが声を荒げるたび、周囲の視線が集まるのがわかる。手汗が滲む。心臓が速くなる。でも、一歩ずつ足を前に出すしかない。


「委員長、俺が対応するから離れて」


「なんだお前!!」


 俺が彼女と奴らの間に割って入ると、おじさんたちは目くじらを立てて声を荒げる。


「俺らこの子に話があんねん!」


「お前誰や!」


「知らんわ、さっさとでていけ」


「なぁ、おっさん。もういい加減にしろよ」


 俺はポケットに手を突っ込んで、催涙スプレーを握りしめる。


「なんだコラ、てめぇもグルか? 俺たちは『客』なんだぞ」

「だからって、しつこく絡むのはただの迷惑だろ」

「なんだと?」


 おっさんたちが近づいてきた瞬間、俺は一歩前に踏み出し、わざとポケットの中でカチッとスプレーのキャップを外した。


「ほう? やる気か?」

「……いや。できればやりたくない。だが、こっちにも準備はある」


 実際、俺はめちゃくちゃ緊張している。

 喉がカラカラに乾き、心臓が異常に早く脈打つ。

 でも、こいつらに七川を好き勝手させるわけにはいかない。


「俺ら、この子と話してるだけだっつーのに」

「セクハラまがいのこと言って絡むのが『話』かよ」


 すると、おっさんの片方が俺の胸ぐらを掴んできた。


「お前、俺らに喧嘩売ってんのか?」


 次の瞬間——


「何してんだ、お前ら!!」


 背後から怒号が飛び、俺もおっさんたちもギョッとして振り向いた。

 そこには、軍服姿のコスプレ集団が四人。ガタイのいい男たちが、おっさんたちを羽交い締めにする。


「……な、なんだお前ら!?」

「こいつら、運営から通報されてたぞ」


 一人のコスプレイヤーが、警察手帳をチラリと見せる。


「はい、暴行未遂と業務妨害の疑いで確保」


 おっさんたちは、強面の男たちに取り押さえられ、呆然としていた。

 あまりの急展開に俺も言葉を失う。


「驚かせてゴメンよ、おふたりさん。ちょっとこの人たちを運営に連れて行くね」


 そう言って、彼らはおっさんたちを連行していった。


「……た、助かった」


 俺は手の中の催涙スプレーを見つめて、ようやく肩の力を抜いた。


「龍世くん……ありがとう。本当に助かったよ本当に助かったよ。……本当に怖かったよ」


 七川は即売ブースの椅子に座ってへたり込んだ。七川のホッとした顔をみて、一安心した。

 七川の声を聞いて、ようやく実感が湧いた。 コスプレ集団の四人はどうやらプライベートで参加してる警察官で、警察手帳を提示した。


 後から運営スタッフがやってきて話し合った結果、おじさんたちは連行されていった。

 その間おじさんたちは奇声をあげていたが、強面の運営スタッフが「お前ら数年前に出禁くらっただろ」と凄んだら黙り込んだ。


「そういえば、薫ちゃんは?」

「あぁ、あの騒ぎの後で俺があの子に運営スタッフを呼びに行かせたけど。あの場にいたら薫まで巻き込まれるだろ?」

「そ、そうだよね。ナイス判断だけど……。じゃあ、さっき運営スタッフが来た時になんでいなかったんだろう」


 妙な胸騒ぎがして落ち着かなくなった。

 俺たちは急いで運営スタッフに彼女が呼びに来たのか確認しにいったが、衝撃的な一言が返ってきた。


「あのアニメの主人公の妹のコスプレした娘で名前は桐生薫さんですか? 運営に問い合わせましたが、来ていませんよ」

「不味い! どこへ行ったんだ! 返事しろ、薫!!」


 俺は必死に何度も彼女の名前を叫ぶが、返事がなく群衆の声で埋もれていく。何度も彼女のスマホに電話しても、繋がらない。俺は運営スタッフや七川の手を借りて探しまわるが、時間が経過するごとに焦燥感が増していく。

 俺はあの時の自分の行動に後悔していた。なんで、薫を一人にしたんだ!


 いや、そうでもしなかったら七川はどうなっていたのか分からない。

 俺の頭には後悔と自己弁護がぐるぐると回り始めて、走り出す。しばらくあたりを走って疲れた俺は、もう一度スマホに電話した。


「ち、近くにいるのか! 薫!」


 耳をすますと、着信音が微かに聞こえた。

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