当日、荷物を抱えてイベント会場に赴いたら、すでに人がいっぱいだった。大体数千人規模で、辺りを見渡しても多種多様なコスプレをした人であふれかえっていた。
「なんで俺が盗賊王リックジョンなんだよ……」
イベント当日、俺は一時を漏らした。前日にキャラを調べてみたが、リックジョンは「お調子者で、いざとなると頼れるけど、普段は女好きの役立たず」と書かれていた。正直、俺には似合わない気がしてならない。
「いやー、なんとなくむっつりっぽいところあるじゃん。たまに薫ちゃんのことイヤらしい目で見ているし」
盗賊王のコスプレをした俺を、フロードのコスプレをした七川がニヤニヤしながらからかう。
「そこで選んだのかよ七川! って薫! ご、誤解だよ」
俺は七川に突っ込みを入れつつ、薫に嫌われないように必死に弁明する。
七川の茶化すような言葉に、俺は慌てて声を張り上げた。これ以上、薫に誤解されたら生きていけない。
「大丈夫だよ、龍世。そのキャラは戦闘で全く頼りにならないけど、いざって時は信頼されてる人気キャラなんだよ?」
薫は微笑みながら、俺を少しだけ励ましてくれた。その瞳はイベント用の義眼のせいか、普段より少し力強く見えた。
「そ、そうかな。女にだらしないのは気になるが、まぁ良いか」
薫の必死なフォローに、俺は納得することにした。だが、あんなに寸法図ったのに、俺の衣装だけぶかぶかなのはなんでだ?
「そのぶかぶかのスウェットに色んな道具を忍ばせているって設定なの」
「なるほど、だから俺だけ沢山小物が多いんだ」
「それに、貴方がいざって時に彼女の事守れるように忍ばせているの」
七川が薫に聞こえないように、俺に耳打ちをする。よくみると、コスプレ用の小物に混じって護身グッズがあった。ポケットの中に、催涙スプレーと防犯ブザー、タクティカルスティックが隠されているのを見て、七川の周到さに驚いた。まぁ、中学の時みたいな事が起きなきゃ良いんだけど。
「今度はちゃんと彼女の事守ってね。盗賊王」
七川の真剣な表情に、俺は小さく頷いた。
即売会の手伝いが終わった昼休み。
薫が義眼を使っている右目をそっと触る仕草に、俺は息を飲んだ。彼女は気づいていないのだろうが、その動きに儚さがあって、目を離せない。
「龍世、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
俺は慌てて目を逸らしたが、鼓動が速まるのを隠しきれなかった。
薫は主人公の妹キャラのコスプレをしているらしいが、確かに似合っていて可愛い。戦闘で負傷した片目に龍の目を移植した設定らしいので、義眼の眼光は鋭い。顔に十字傷がメイクされている。
「もしかして、いやらしい目で見てる?」
俺は必死に否定するが、否定すればするほど認めているようなものだった。
「……やっぱり、龍世にピッタリだね。風俗王のコス」
「だ、誰が風俗王だ!」
どうやら、盗賊王は劇中で足を引っ張り過ぎて敵だけでなく仲間からも役立たずだの風俗王だのボロカスに言われてるらしい。
「あ……うん。ごめん」
薫は急におどおどし始めた。
「あ、いや、いきなり大声出してごめん」
そうだ、薫は大声が苦手だった。
「そ、それよりもせっかく来たんだし、ぐるっと見て回ろう」
「そうだね。改めてみると、凄い人の数……だよね」
俺の横にくっついてる薫は、イベント会場の熱気に圧倒されていた。
会場はカラフルな衣装をまとった人々で溢れ、人気キャラのグループが記念撮影をしている。
今年の春から夏に流行ったアニメの主題歌がBGMとして流れていて、中には主題歌に合わせて踊るグループもいた。
「大丈夫か? 薫。無理はするなよ」
「うん、平気だよ。それで……龍世があったら——」
その瞬間、大音量のアナウンスが流れ、彼女の言葉はかき消えられた。
「え! 今なんて言った?ゴメン、聞き取れなかった」
「ねぇ! なんか、委員長ちゃんが!」
薫が息を呑みながら俺の腕を引いた。