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第4話 高校二年でコスプレデビュー!

 高校二年生になったばかりのある日の昼休み。 


「なんだ? その右目、可愛いぞ」


「えへへ、委員長ちゃんから貰ったの」


 教室のはじっこで、俺は薫の右目に義眼が入っている事に気付いて声をかけた。俺の一言で彼女は嬉しさに揺れるような微笑みを浮かべる。

 義眼の瞳は某アニメキャラのコスプレ用のもので、六芒星の魔法陣が印字されていた。


 それを見た俺は一瞬、中学時代の彼女を思い出した。あの頃の明るい薫と今の彼女が重なる。この義眼が彼女をまた前向きにしてくれるなら、俺ももっと何かできるかもしれないと思った。


「六道仙道眼!」


 彼女は小学校の子供みたく、アニメの台詞を叫びながらポーズを決める。


「おう、その動体視力で避けきれるか!」


 俺は薫のノリに合わせて軽くチョップするが、彼女は避ける。


「ふっふっふっ。おりゃって……うぁあああ!」


「危ねぇ!」


 彼女もおふざけでチョップし返そうとしたが、空振りした途端右目が見えない方へよろめいた。俺は咄嗟に、彼女の左手をグイっと引っ張って手繰り寄せる。


「ちょっと危なかったぞ。怪我はないか?」

「う、うん。怪我はないよ。ありがとう。……ごめんなさい」


 薫は落ち込んで顔を俯くが、俺はすぐになだめる。


「いや、謝る必要はないよ。良かったし、楽しかったよ。それよりも、七川委員長が貰ったのか」

「うん! 委員長ちゃんは私の事ずっと気にかけてくれるし」


 薫は義眼を外して隠す為に眼帯をつけ始めながら言った。


「その般若と白蛇の眼帯も七川委員長から?」

「それも、委員長ちゃんが魔除けになるからってくれたの」

 おいおい、いくら何でも彼女にプレゼントしすぎじゃねぇか。七川香織、彼女を餌付けしていないか?


「おはよー、おふたりさん!何の話ししてるのー?」


 おっと噂をすれば本人が挨拶しにこちらへやってきた。


「おはよう、七川委員長。いつも元気良いよね」

「おはよ。委員長ちゃん。今、委員長ちゃんのお話してたの」


 俺が先に七川委員長に声をかけると、薫は恥ずかしそうに俺の背中に隠れて左袖をつまむ。


「あはは、私の話してたんだ」


「あぁ。その義眼と眼帯、すげぇかっこ良くて可愛いけど、何処で買ったんだ?」


「結構金かかってるじゃん!」


 七川委員長がサラッと言った事に、俺はツッコミを入れた。


「うーん。眼帯の方はご利益のある限定品で、義眼の方は親戚のおじさんがたまたま義眼を作っている会社で、特別に安く作ってくれたの」


「いくらなんでもクラスメイトにそこまでするか?」


「まぁね。でも、ただ普通の義眼渡してもつまんないでしょ?」

「確かに、六道仙道眼はかっけぇよな」

「でしょ? 薫ちゃん、ああいうの好きだったし。私ね……あの事件の後、薫ちゃんが暗い顔してるの見るの辛かったんだ」

「七川委員長……」

「だから、せめて義眼くらい楽しいものにしてあげたくてさ。笑ってほしかったの」

「そうだったんだ……」

「で、どう? 似合ってるでしょ?」

「うん! ……ありがとう」


 薫が笑ってる。昔みたいに。 


「今度、東京で大きなコスプレイベントがあるんだ! みんなで行けば、もっと楽しいと思うよ!」


「あぁ、良いね! 薫はどうだ?」


 ナイスアイディアだ!俺は心の中で呟く。


「う、うん。龍世が参加するなら、私も出たい」


「なら、決まりだね!」


「よーし、これから薫ちゃんのスリーサイズと顔周りのサイズ測るけど、武岡くんが測る?」


 俺はメジャーを持ちながらニヤニヤしているからかってきた七川委員長の一言で、あたふたする。


「お、俺は男子だろ。七川がやってくれよ」


 俺は頬を赤らめてそっぽを向く。小学校の頃からの付き合いだからって、女の子の身体を図るのは気恥ずかしい。先生の許可で借りた空き教室とはいえ、誰かに見られたくない。


「ふーん、いつもふたりで一緒にいるのになー」


「わ、私はべ、別に良いよ」


 七川のからかいに、薫は頬を赤らめながら乗っかる。


「はい、どうぞ」


「い、いいって! 俺恥ずかしいし」


 七川は本気でメジャーを手に渡すが、俺は恥ずかしさと罪悪感で拒否した。相手は長馴染みとはいえ女子だぞ!


 それに俺が測ろうとして、また何かあったらどうする。


 ふと、あの日の記憶が蘇る。


 俺が工具箱を落としたせいで、彫刻刀が飛び出して薫の右目に刺さった。


 もちろん、故意じゃない。あんなの、どう考えたって事故だ。


 それでも、俺のせいだって思わずにはいられない。


 手を伸ばして、また薫を傷つけるようなことになったら。


「……悪い、やっぱ七川に頼むわ」


 結局、薫のコスプレ衣装用の服のサイズは七川が測る事になった。心なしか、ふたりの表情は残念そうなのは気のせいか?


 こんな感じにふたりで互いのサイズを測り終えて次は俺の分を測る事になったが、測るのは薫だ。って俺もコスプレするのか!? いや、参加するからコスプレするかもしれないけど、なんか恥ずかしい!


「あの、龍世の分を測るけど、嫌なら言ってね」


 彼女は緊張しながらも、メジャーを俺の身体に巻き付けて測る。俺は彼女といつも一緒にいるのに、ドキドキする。


 俺のせいで、薫にこんなことをさせるなんて……。でも、そんなことを考えている自分に気づくと、逆に彼女の腰のサイズを測るときの上目遣いが胸に突き刺さる。


 彼女と目が合うと心臓が鳴り響き、顔が熱くなる。本当にどうしようもないやつだな、俺は。


「え、ふぇ!?  私で、そういう……?」


 薫は目線を正面に戻すと赤面して俺に問いかける。


「あ、違う、そんなんじゃねぇ!」


「そっか……。でも、ちょっと嬉しいかも」


「え?」


「私でもあなたに、女の子として見てもらってるのかなって……」




 胸がギュッとなる。


 そんなこと、考えなくても――。


 でも、言葉が出てこない俺は、思わず躊躇をする。


 七川見て、スマホで三人分のスリーサイズの記録を撮っていた。


 なんだろう、この胸に彫刻刀が刺さるこの感覚は。


 ……気のせい、だよな。


 七川がスマホを操作しながらニヤリと笑う。




「いやぁ、良い感じだね。武岡くん、幸せそうじゃない。何か良い事あったのかな?」


「おい。わかってて言ってる奴じゃねぇか」


「さて、何のことやら」




 七川が笑うと、薫も恥ずかしそうに笑う。まぁ、薫が楽しければ良いか。




「ねえ、龍世。衣装ってどんな感じにするの?」


 薫がそわそわしながら聞いてくる。


「えっと……その、薫が着たいキャラとかあるなら、それに合わせようか」


「う、うん。いつもありがとう。龍世」




 薫の笑顔に、俺の心は乱れる。こんなにも心が躍るとは。いかん、邪な気持ちがでてきそうだ。




 全員分測り終えると「これでサイズが分かったから、衣装作りが本格的に進められるね!」と七川が明るく言った。その言葉に、なんとなくイベントが現実味を帯びてきた気がした。




 サイズを測り終えて、コスプレの衣装が決まった俺たちは、分担して衣装を作る事にした。今回は、薫と七川が好きな人気アニメ「ゴールデンフリューゲル」のメインキャラのコスプレをすることにした。




「私はファランがやりたいな」


「薫ちゃんがやるなら、私はフロード! 先生ポジ好きだし」


「お、おい、俺は?」


「うーん、龍世くんは……盗賊王リックジョンで」




 俺は彼女たちが持ってきたキャラクターデザインを見せてもらった。なんかお調子者キャラでいざとなったら頼りになりそうだと感じた。もしかしたら、主人公じゃないけど、頼りになる相棒なのかな。




「じゃあ、俺詳しくないけど、個人的に好きだからこれでいいか」


「んじゃ、決まりだね!」




 七川と薫は、販売で売れ残った生地やアイテムを加工して作り替える係。


 俺は美術部から借りた教室の席で、七川が事前にプリントしたシリコン製の義眼やアイテムに塗装する係になった。




 一つ一つの小物に塗料を吹きかけていく。エアブラシから出る微細な塗料が、彼女の好きなキャラを再現していく過程が楽しい。『龍世、細かいところもすごいね』と薫が小さな声で褒めてくれると、つい作業に熱が入った。




「どう?順調に出来そう?」


 黙々と続けていると、七川が声をかけてきた。


「まぁ、ぼちぼちだよ。そっちは?」


「こっちは後少しで終わるよ。薫ちゃんも武岡君の手伝いをさせようと思うけど良い?」


 俺は思わず持っていた塗装途中のシリコンを落とした。それを七川は意味深な笑みを浮かべて拾って渡した。


「お、おぅ。良いよ」


「内心、嬉しそうだね」


 七川はニヤニヤしながら耳元で囁く。


「ま、まぁ」


「そういえば、イベントの当日どうする? 二人とも初参加だし、私が一緒に説明して回ろっか?」

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