杉本翔輝は、自分が選んだ道に迷いはなかった。しかし、決して簡単な道ではないことも分かっていた。彼が選んだのは、治療を受けずに残された時間を好きなように生きるというものだった。それは、ある意味で自分に与えられた運命を全うするための選択だったが、同時に他の誰もが想像できないような過酷なものでもあった。
病院での診断から数週間が経ち、翔輝は自分の心と向き合いながらも、何気ない日常に戻ろうとしていた。日々、湊と千夏との会話は少しだけ慎重になったが、何も変わらないように見えた。彼らは変わらず、翔輝に接してくれた。しかし、翔輝の胸の中には、常に「残された時間」を意識する気持ちがあった。それが、時には不安に変わり、時には焦りを生むこともあった。
春の陽気に包まれた新学期、翔輝は清峰(きよみね)高校の入学式を迎えた。新しい制服に身を包み、校門の前に立ったその瞬間、彼は自分がどれだけ大きな決断を下したのかを改めて感じていた。目の前には、同じように新しいスタートを切る生徒たちが溢れている。その中で、翔輝は何か異なるものを感じていた。
「この3年間をどう生きるか。」翔輝は心の中でつぶやいた。
新しい環境、見慣れない顔、そしてこれから始まる時間。そのすべてが翔輝にとっては「限られたもの」だ。普通の高校生ならば、これから始まる3年間を楽しみにしていることだろう。しかし翔輝にとっては、その時間を無駄にしないように、1日1日を大切に過ごす覚悟が必要だった。
「翔輝、行こう!」と、湊の声が響く。
翔輝は少し笑って答える。「うん。」
湊と千夏は、翔輝が選んだ道を理解し、そして支えてくれることを約束してくれた。彼らの笑顔が、翔輝にとっては何よりも大きな力になっていた。翔輝の決意を無理に変えようとはせず、ただ見守り、共に歩んでくれる。それが、どれだけありがたかったか、翔輝は胸が熱くなる思いだった。
入学式が終わり、初めてのクラスが発表された。翔輝は、どんな友達ができるのかを心の中で期待していた。新しい環境で、自分をどう表現していくか。自分がやりたいこと、夢、そしてできる限りやりたいことを達成するためにどう動いていくかを考えると、少しだけ胸が高鳴った。
クラスは、予想していたよりも和やかな雰囲気だった。初対面のクラスメートたちは、互いに自己紹介をし、少しずつ打ち解けていく。翔輝も、何気ない自己紹介をした。初めての学校生活に、少し緊張しながらも、やっぱり自分の中に「何か」を持ち続けようと強く思っていた。
その日の放課後、翔輝は帰宅部の選択をしていたが、ずっと心の中で駅伝部に入りたかったという思いが消えないでいた。運動が得意だった翔輝にとって、駅伝はずっと憧れの存在だった。だが、心臓の病気がそれを許さなかった。もし、無理をすれば、命に関わる危険があったからだ。
その思いを、翔輝は自分の中で何度も反芻していた。駅伝部の練習を見かけるたびに、胸が痛くなった。しかし、翔輝はもう一度、自分に問いかけてみる。
「本当に、できるのか?」
「駅伝部に入ったとして、自分をどうするべきか?」
答えは出なかった。だが、どうしてもその夢をあきらめたくないという気持ちは、日に日に強くなっていた。もし、自分ができる範囲で、駅伝に関わることができるのであれば、それはきっと後悔しないだろうと思った。だが、彼は冷静に自分を振り返る。
「どうしても走りたいわけじゃない。でも、仲間と一緒に何かを達成したいんだ。」
「僕の限界を、誰かと一緒に超えてみたいんだ。」
その日、翔輝は駅伝部の掲示板をじっと見つめていた。運動が得意な彼にとって、部活に入ることは自然なことだろう。しかし、病気という現実が彼の足を引っ張り、その一歩を踏み出すことをためらわせていた。
その時、湊と千夏が後ろから声をかけてきた。「翔輝、どうしたの?」
「いや…」翔輝は少し躊躇した後、言葉を続けた。「駅伝部、ちょっと見てたんだ。」
「駅伝部に入るの?」