ドアを開けると右手にテーブル席、4人掛けのテーブルが3つ。左手にはカウンター席が10席。カウンターは満席で、テーブル席も3つの内2つが埋まっていた。
「いらっしゃい。……おやローラさん、また来てくれたのかい?」
「よう大将、2人なんだが空いてるかい?」
「あぁ、後から客が来たら相席お願いするかも知れないけど……見ての通り、テーブルが空いてるよ」
「ちぇっ、今日は出遅れちまったか……しゃあねぇ」
ローラは恨めしそうにカウンターに座る客を見回すが、誰一人その視線に反応はしない。寧ろ『遅くなったお前が悪い。誰が譲ってやるものか』と背中に大きく書かれているかのようだ。ローラは憮然とした表情でテーブルにどっかりと座ると、さっきから黙ったままの相棒に話しかけた。
「ん、どうした?さっきから口パクパクさせて。死にかけの魚みてぇだぞ?」
実際ミンファは料理をする店主の姿を凝視したまま、口をパクパクさせながら固まっていた。まるで河岸に打ち上げられた魚の様である。
「な、ななな……」
「な?」
「
突如再起動したミンファはローラの肩を掴んでガクガクと揺らしながら、口の端から唾を飛ばしながらそう叫んだ。何故なら店主の見た目は今までミンファの見てきた男の見た目とは真逆と言っていい姿だったのだ。
まず身長。180cmを超えるミンファよりも頭一つ分は高い。そして肌は日に焼けた肉体労働者の様に浅黒く、病的にまで色白な他の男とは違って健康さが浮き出ているかのようだ。髪とその瞳はこの辺では見かけない黒、それも艶があって、まるで黒曜石の様に輝いて見える。そして体格は丸みを帯びて大きく膨らんでいる……が、決して
「あ、だから熊さん食堂……!」
「はっはっは、解って貰えたかな?お嬢さん」
ハッ、と気付くと先程までカウンターの向こうに居たはずの店主が目の前に居た。ミンファが物思いに耽っていて注意が散漫になっていたとは言え、素早い身のこなし。まるで歴戦の戦士と相対していて、隙を突かれたかの様な思いだ。
「お、お嬢さんだなんて、そんな……」
「そうか?俺より歳下の様だし、何より美人だしなぁ。お嬢さんで間違いねぇだろ」
「へぅっ!?」
ボンっ、と頭から湯気が噴出したのではないかと思える程にミンファの顔は一瞬にして赤く染まる。この男は今、何と言った?私が、美人?探索者で、傷だらけで、筋肉達磨の私が、美人?もしかして私は、この男に、惚れられて--……
「うぉ~いミンファー、帰ってこ~い」
「いだっ!?何すんだよローラ!」
どうやら頭が幸せのあまりにトんでいたらしい。右手を思いっきり抓られて正気を取り戻した。
「バカ、大将が注文取りに来たんだよ。ほれほれ、天国旅立ってねぇで何が食いたいかさっさと選べ」
「選べ、ったってよぉ……」
「良いか?壁に木札がぶら下げてあんだろ?ここに書かれた文字は料理の名前、数字が値段だ。そこから選べば大将が作って持ってきてくれる。どうだ、簡単だろ?」
「ははは、ちゃんと覚えてたなローラさん」
「あたぼうよ!」
「まぁ、最初はローラさんも注文出来なくて暫く固まってたんだけどな」
「ちょ、バラすなよ大将ぉ!」
和やかに会話を交わすローラと店主。僅かに『ズルい』と嫉妬心が湧くが、ローラは初めて来た自分とは違い顔が知れているのだ。仕方無いと割り切るしかない。
「で?ご注文は」
「……何がなんだかわかんねぇ、適当に酒とツマミ」
ミンファは決して字が読めない訳ではない。探索者のイロハとして最低限の読み書き計算は出来るようにしてある。だが、店の札に書かれた文字が示す料理の名前は、どれもコレも聞いた事が無い物ばかりだったのだ。
「とりあえず『ビール』二人前と……大将、今日のオススメは?」
「今日か?そうだな……
「ふ~ん、カクニねぇ。じゃあそれで」
「あいよ。ちょっと待ってな」
「おいローラ、『ビール』と『カクニ』って何だよ?」
「『ビール』は
「おいおい頼りねぇな、そんな訳の解らん物頼んで大丈夫なのかよ?」
「任せとけ、大将のオススメに間違いはねぇ。何しろ毎回オススメ食ってるが全部美味いからな!」
ガハハと笑うローラに、思わず溜め息の漏れるミンファ。本当にコイツに任せて大丈夫か?と不安に駆られるが、運ばれて来るであろう料理と酒に思いを馳せる。
『
酒精は弱いが喉越しが良く飲みやすい。強い酒も嗜むが、ミンファとしては麦酒が一番好きだった。
「ハイよ、ビールと……こっちはお通しの『フライドポテト』だ」
「おい、こんな料理頼んでねぇぞ?」
「あ~、お通しってのは店からのサービスだ。頼んで貰った料理が出てくるまで時間が掛かるから、これでも食って待っててくれよ。な?金は取らねぇから」
「お、おぅ……」
初めて聞くサービスにミンファは戸惑う。料理が出てくるまで時間が掛かるから、場繋ぎの為の料理を出す?しかも
「まぁいいや、とにかく飲もうぜ」
ローラに言われてテーブルの上の酒に視線を移してはたと気付く。酒らしき黄金色の液体が透明の器に入っている。
「まさか……ガラス!?」
「へへへ、スゲェだろ?」
ガラスはミンファだって知っている。
「おい……この店、とんでもなく高いんじゃねぇのか?あの木札の数字は銀貨の枚数とか?」
「ははは、んな事ねぇよ。それにこの店はツケも効く。気にせず飲めよ、
「温くなる?一体どういう……」
そう言いながらミンファはガラスの器に触れる。冷たい。麦酒は常温で飲む物だとばかり思っていたミンファにとってはこの日何度目かの驚きだ。冷やした麦酒が果たしてどうなるのか?
「ほれ」
「ん、おぅ」
「「乾杯」」
普段の酒場で木製や陶器製のジョッキではガツンと勢い良くぶつけ合う二人も、割れやすいガラスの酒器では遠慮がちにぶつけ合う。そしてミンファがビールを一口飲んだ瞬間、この日何度目かの驚きが彼女を襲った。