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第2話 裏通りの天国・その2

 その昔、この世界--ヒルドキオを我が物にせんと立ち上がった者が居た。その者は人ならざる異形の人、魔族を率いて世界を征服せんと戦いを起こした。人は彼女を『魔王』と称した。魔族は身体の頑強さと魔法に秀で、次々と自分達以外の種族の国を落としていった。そんな折、世界の危機を憂いた女神エクセアは、異世界より魔王を打倒するべく勇者を遣わした。勇者はヒルドキオに降り立った当初はか弱き青年であったが、驚くべき速さで成長を遂げ、人族最強の戦士となった。そして勇者は当時人族最高の神官と謳われた王女と共に魔王討伐へと旅立ち、道中でエルフ・ドワーフ・ホビット・獣人等々様々な種族の者達を仲間に加えつつ、魔王の配下の八魔将を倒しつつ進む勇者一行。やがて魔王の待つ魔王城へと辿り着く。激戦を潜り抜け、魔王の下へと辿り着いた勇者を待ち受けていたのは、妖艶な美女の魔王。魔王は言う。


「良く来たな勇者よ。我の物になれ、さすればこの戦を止めてもよい」


 魔王は自分の選りすぐりの配下を次々と降していく勇者の強さに、そして何よりその異世界より来たという異国情緒溢れる容姿に懸想してしまっていた。簡単に言えば一目惚れしてしまっていたのだ。勇者も吼える。


「断る!」


 勇者この時齢二十二。まだまだ血気盛んな時期でもあり、勇者一行の仲間の女性複数人と恋仲となっていた。何より勇者は歳上よりも同い年若しくは歳下好みであったのだ。幾ら妖艶な美女とは言え、齢二千を超えた大魔族でもある魔王は好みの範囲外であったのである。


「このような屈辱、二千年の長きに渡って生きてきて初めてぞ!えぇい、殺してくれるわこの虫螻むしけら共め!」


 魔王は怒り狂い、激しい戦闘が始まった。特に、勇者の正妻(予定)となっていた神官の王女への攻撃は凄まじく、何度も瀕死の重症を負ったが、王女はその回復魔法の腕前で何度も復活し、前線を支える。これ程までに神官への攻撃が激しかった理由はその回復魔法の腕前を警戒しての事か、それとも単なる嫉妬心からかは解らないが、兎も角三日三晩続いたかに思えた激戦を制したのは、勇者達であった。勇者の持つ聖剣が魔王の胸に突き立てられ、魔王は崩れ落ちた。


「やれ口惜しや……世界も好いた男も手に入らぬとは。この様な世界は滅んでしまえ!」


 今際の際、魔王はその命と魔力を引き換えに世界を呪った。


「くくく……我は今この世に男が産まれぬ様にと呪いをかけた。緩やかにではあろうが、この世界は何れ滅ぶ。その様をせいぜい、冥府より見物させてもらおう、アハハハハハ!」


 最期に高笑いを上げ、魔王は事切れた。魔王は倒され世界に平和は戻ったが、ヒルドキオは緩やかに滅亡への道を歩み始めた。女神エクセアも魔王の呪いを解くべく力を尽くしたが、魔王の怨みは強く、その呪いをほんの少し弱める事しか叶わなかった。女百万に対し、男一人。それが今現在ヒルドキオに於ける男女の比率である。


 ミルナレー・ニユトゥ著『魔王の呪いと勇者の伝説』より



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 そんな貴重……いや、稀少とさえ言える男は何処の国でも第一級の保護対象だ。その存在は国が権力を示す為に保有する程であり、『男を産めば奴隷も一夜にして大貴族』なんて冗談のような実際に起きた逸話もある。そんな男が比較的下賤な職業とされる飯屋を営んでいる。それもローラの話を聞く限り、一人で。そんな夢物語の様な話を聞いて、


「お前やっぱり飲み過ぎて幻覚見たんじゃねぇのか?それともヤバい薬にでも手ェ出してるとか?若しくは性悪な妖精ピクシー族にでも化かされたとか……」


 どうしても疑念の晴れないミンファ。そんな彼女の態度に、あからさまに不機嫌になるローラ。


「ならいいさ、アンタはいつも通りの馴染みの店に行きゃあ良い。アタシは男の作る飯で酒を飲んで、楽しく会話してくるだけさ」


 じゃあな~、と探索者組合に向かおうとスタスタ歩き出すローラ。


「あっ!?待てよコラ、行かねぇとは言ってねぇだろ!」


 そんなローラを慌てて追いかけるミンファ。店の場所はローラしか知らないのだ、置いてきぼりを喰らったら一生行く機会なぞ訪れないかも知れない。未だに存在を疑ってはいるが、万に一つの可能性に賭けるには十分に魅力的な話だった。



 数時間後、組合で精算を済ませて報酬を受け取り、備え付けの公衆浴場で汗と汚れを流した二人は常宿にしている『シルフのあくび亭』に荷物を置いて、街中での軽装に着替えて夜の帳が降りた雑踏に混じる。ローラは肩に頭陀袋を提げて、上機嫌に鼻唄を歌いながら歩いている。


「……で?何だよその袋は」


「コレか?なんでも飯屋の店主は異国の出身らしくてな。この辺で獲れる食材が珍しいんだとさ。そんで、料理の研究の為に料理の仕込み以外に食材を欲しいから持ってきた奴には割引のサービスをしてんだとさ」


「それでお前歩きウォークマッシュやら跳ね回りホッピングポテトなんて初心者しか相手にしねぇ様な雑魚までせせこましく狩ってやがったのか」


 遺跡の中は魔法の源である魔素マナの空気中濃度が高く、遺跡の外では普通の植物や動物も魔素の影響を受けて変異し、意思を持って動き出す。これら怪物モンスターの中にも強弱があり、植物由来の怪物は比較的弱い物が多い。そういう雑魚は駆け出し探索者の小遣い稼ぎの為に残しておいてやるのが、ベテラン探索者達の間での暗黙の了解なのである。それを今回の探索行ではこまめに狩っていたり、普段は無視しそうな植物を採集していたローラを見て、少し妙だとは思いつつも少し懐が寂しいのだろうとミンファはあまり気にも留めて居なかったのだ。


「テメェ、割引よりもその店主とやらの好感度稼ぎが本当の目的だろ?」


「………へへへ、バレたか」


「見え見えなんだよ、下心が」


 そんな会話を交わしつつ、ローラの足取りは大通りから外れて一本脇に逸れた裏通りへと入る。この通りは大通りの様に大勢の人通りがある訳ではないが、それでもそれなりの人通りはあり、そして大通りよりもディープな店が多い。怪しげな魔法の品を売っている店や、奇妙な臭いの漂ってくる薬屋、扇情的な服装で客を誘う娼婦が居並ぶ娼館や酔客達が大騒ぎしている酒場。そうして暫く歩いているとローラが立ち止まった。


「ここが?」


「そうだ」


 正直言ってミンファは拍子抜けしていた。稀少な男が切り盛りする飯屋。てっきりどんな大きな店かと思っていたが、


「なんつうか、こう……小せぇな?」


「バ~カ、当たり前だろ?店主一人でやってんだ。デカイ店じゃあ一人で回せねぇだろうが」


 それもそうか、と納得するミンファ。店はその辺の酒場と大差無い大きさだが、灯り取りの窓などが見当たらない。ドアの上には大きく『熊さん食堂』と書かれた看板に、鍋と熊の顔の絵が描かれている。


「それによ、ここの店主は客をちゃあんと持て成してくれんのさ。だから客に向き合う為にわざと店は小さくしてるらしいぜ?」


「マジかよ、そんな優しい男が存在すんのか?」


 ミンファも遠目ではあるが男を見た事は何度かある。大貴族に囲われた男だったり、高級な男娼館の窓辺から男娼だったり。皆女を格下に見て尊大な態度を取っているか、オドオドと怯えた目で女を見る者ばかりだった。そんな女を対等な存在と見てくれる男が存在するのだろうか。ミンファが何度目かの疑問を抱いている間に、ローラは緊張を解す様に何度か深呼吸をして、ドアノブに手を掛ける。


「よし、行くぜ……!!」


ガランガラン、と大きめのドアベルの音がした。


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