冬本番を迎える前、シュトラウス国内では『レティシャ王女の婚姻』が大々的に発表された。
それに伴い婚姻前の婚約関係を結ぶため、ソルディアから使者がやってきて簡略化された調印式が執り行われた。
しかし双方、当人同士が顔を合わせることは一切なく、調印を行ったのは両国共に代理人、使臣である。
時戻り前と同じく、書類上の婚約者同士となった私とクラウド様。
私は調印式の始終を物陰から見ていたが、ソルディア側が今回の婚姻に消極的だという様子がひしひしと伝わってきた。
中には見知った顔の人もいたけれど、どの顔も苦渋を舐めたように険しい。
ここで私が姿を現せば、剣で斬りつけられるのではと錯覚するほどに平和の架け橋の一歩となる調印式の空気は冷えきっていた。
ソルディアへの輿入れが近づくにつれて、段々と王宮内が慌ただしくなっていく。
(……予想以上の監視だわ)
王宮を歩けば至るところから感じる視線にげんなりとする。
時戻り前は一人で馬車に乗り、道中の護衛も最小限の質素なものだったが、今回は違う。
シュトラウス王国の権威を誇示する目的が含まれた私の輿入れは、教会の神職者を先頭に煌びやかな花嫁行列となってソルディアに向かうことになっている。
それだけ注目を浴びる両国の政略結婚なだけあって、私になにかあってはいけないと常に監視が目を光らせていた。
(というのは建前で、実際のところは牽制の意味が大きいのかもしれないけど)
おそらく監視役のほとんどがドルウェグの配下であり、私の行動は逐一報告されている。
というか、私がドルウェグの下につくと決めた日から、すでに監視はされていた。
他人を心から信じていないドルウェグは、自身の駒の動きを把握し、謀りの兆候があれば容赦なく切り捨てるため王宮の至るところに配下を忍ばせている。
それこそ表向きの王太子派だけではない。中立派が多い魔導師院内にも、私が知らないだけでドルウェグ側の人間が多くいた。
この監視の目を掻い潜りながら自分の目的のために動くには、四年と数ヶ月という年月があっても時間が足りなかった。
本当ならもっと王宮外に出て味方を募ったり、あらかじめソルディアの誰かと面識を持っておきたかったのだけれど、良い意味でも悪い意味でも目立つ立場になった私はずっと行動を制限されていた。
巷では、好き勝手に残虐行為と非道の限りを尽くす悪女と囁かれているらしい私だが、この立場を利用できるのはほとんど王宮内だけだったのだ。
そういえば、ソルディアに嫁ぐことが正式に発表されてからというもの、ほかの王女宮から祝品が届くようになった。
中でもカッサンドラから贈られた品々はほかよりもかなり多く、嫌味を含めた餞別の意味が込められているのが一目でわかった。
(詳しい事情は知らされていないだろうけど、ドルウェグに切り捨てられたと思っているのかも。この際どう思われようと構わないけれど)
多くの祝品の一部は第三王女宮勤務の使用人たちに分配し、それ以外のいくつかをリアムに渡し、残ったものは輿入れの荷物としてソルディアに持っていくことに決めた。
日常使いする気はないけれど、いざというとき役立つかもしれないものね。
私と歳の近い王女たちは、ほぼカッサンドラ側についているので今回の婚姻に関して「いい気味だ」と影で笑っていたけれど、末の王女シャーロットは寂しがってくれていた。
「レティシャおねえさま、またすぐに帰ってくる?」
「……どうかしら。でも、シャーロットさえよければお手紙をくれる? 遠く離れていても、あなたが元気なことがわかると嬉しいわ」
シャーロットは純粋に私を慕ってくれている。
この探り合いだらけの息苦しいシュトラウス王宮において、まだ染まっていない。
でも、カッサンドラに逆らってはいけないという空気はなんとなく察しているようだった。
幼いながらに場の雰囲気を掴むのが上手い子なので大丈夫だとは思うけれど、念のため、ギルやリアムになにかあれば気にかけてほしいと伝えた。
……とはいえ、リアムにはまず自分の体を優先してもらいたいな。
そして枯黒病の特効薬を作り出すためにも、一日も早くソルディアにたどり着きたい。
***
『こればかりはお前にしか決められないよ。ここで終止符を打つのも一つの運命だ。誰も責めはしない。でも、お前は己の弱さを嘆いている。抗いたいと思っている。なら、』
――託されたものを、返すよ。
「……?」
最近、強烈な夢を見ていたような気がしながら起きることが多い。
今日もそうだった。
ぼんやりと目を開けて、寝台の天幕を眺めながら思い出そうとするけれど、その頃にはもう欠片も思い出せない。
釈然としない。でも、今日はそれに気を取られている暇はなかった。
「ちょっと肌寒いけど、日が温かい……」
閉じたカーテンに手を伸ばし、窓外に広がる快晴に頬が緩んだ。
ルスタン大陸歴715年、春。
北ソルディア帝国より一足先に春の陽気に包まれるシュトラウス王国。
ついに私は輿入れの日を迎えた。