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第20話 この冬を越えたら sideクラウド



 ***



 魔石の恩恵を受ける資源豊かな大地、北ソルディア帝国。

 皇都『ペリシエ』にも、少しずつ冬の足音が近づいていた。


「もう聞きつけたのか」


 書状を手に街が一望できる城のバルコニーから外を眺めていたクラウドは、背後から聞こえてきた足音に振り返った。


「……兄さん!!」


 ちょうど、扉が騒々しく開け放たれる。

 凄まじい形相に顔を歪めた弟の姿に、クラウドは眉を下げて笑う。


「珍しいな、アラン。お前が理性を失うほど声をあげるなんて。今頃城の者が何事かと驚いているんじゃないか?」

「はあ!? ちょっと……なにっ、なにを呑気に笑ってるの!?」


 アランは髪を振り乱す勢いでクラウドに駆け寄る。


「もうアランってば、足早すぎるわよー! あっ、お兄さまやっと見つけた……!」


 少し遅れてやってきた、アランの双子の妹・イヴも同じようにクラウドの立つバルコニーに入った。


 双子は揃って口を開く。


「「シュトラウスの悪女を花嫁に迎えるってどういうこと!?」」


 ずい、と詰め寄ってくる顔のよく似た弟妹に、クラウドは苦笑した。


 おそらくハンス辺りに聞いたのだろう。

 隠さずともじきに協定によるシュトラウスの王女の輿入れは知れ渡るだろうが、双子にはもう少し後になってから伝えたかった。


「表向きは両国合意の国境間停戦、和平協定となっているが、主導権はシュトラウス側にある。この婚姻もシュトラウスの意向だ」

「だからって、よりによってどうして悪女がソルディアに来るわけ?」

「そうよそうよ、王太子のお気に入りって有名な人なのに」

「絶対に裏があるとしか思えないよ」


「……ああ、二人の言うとおり。ドルウェグ王太子の手腕により今回の締結が成されたが、なにか企みがあることは明白だろう。でなければ、妹王女の中で最も大切にしているレティシャ王女を輿入れさせたりはしない」


 だが、相手に企みがあるのだと勘づいていても、異議を唱えることはできない。今回の政略結婚は両国間ですでに話が進んでいるのだ。


「ほらお前たち、そろそろ中に入ろう。昼間とはいえ風が冷たくなってきた。そんな薄着では風邪を引くぞ」


 自身の背に吹く北風から双子を庇いつつ、クラウドは二人の肩に手を乗せて室内に押し込む。


「ちょ、待ってよクラウド兄さん! まだ話はっ」

「お兄さまだってだいぶ薄着よ!」

「話は中で聞く。温かい飲み物でも用意させるから」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐアランとイヴを強制的に移動させながら、クラウドがふと思い出したのは、数年前にシュトラウスの黄昏の催事で出会ったレティシャ王女の姿だった。


 傍付きに無理やり腕を引かれる様子は、到底王女に対する扱いとは思えなかった。


 体はひどく痩せており、湖から救い出したクラウドにしがみつく弱々しい少女は、訳のわからない謝罪を口にしていた。


『弱いままで、ごめんなさい。あなたの大切な場所を守れなくて、ごめんなさい』


 あの悲痛な叫びのような声が、今も耳に残っている。

 しかし、それからクラウドがシュトラウスに足を運ぶことはなかった。


 そしていつしかソルディアに届くようになった"シュトラウスの悪女"の噂。


 凄まじい魔導の才能を持って生まれたレティシャ王女は、王太子のお気に入りであり、シュトラウス王に目をかけられるほどの人物として名を広めていた。


 粛清と称して聞くに耐えない残虐行為、非道を繰り返す魔導師至上主義のシュトラウス王国の体現したようなレティシャ王女の輿入れは、皇城内に限らずソルディア民に不安と混乱を招いてしまうだろう。



(…………毎年、待ち遠しいはずだったんだが)


 寒さに耐え、より多くの実りを与える春をソルディアの民は尊び、心待ちにしている。


 だが、クラウドを含め、今回ばかりは複雑な気持ちを抱えて冬を越す者が大半に違いない。


 この冬を越えたら、ソルディアに悪女がやってくるのだから。


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