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第16話 奇病と協力者




『はじめまして、リアム。私はレティシャよ』


 四年と数ヶ月前。

 ドルウェグの下につくことを決意し、彼からリアムの所在を聞き出したあと、私はすぐに王宮薬師院に向かった。


 王宮薬師院の一番奥、特例病床室でひっそりと生活をしていたリアムは、私が現れたことに多少の驚きを見せてはいたけれど、私が姉だという事実は元々知っているようだった。


 私と同じ亜麻色かがった白髪と、水色の瞳。

 少し痩せ型ではあったけれど、十一歳男児の平均的な体格をしており、傍から見ると健康体そのものだった。


『お初にお目にかかります、姉上。近頃王太子殿下に目をかけられていると噂の方が、わざわざおひとりでこんなところまでお越しくださるとは思ってもみませんでした。それなのに満足な出迎えもできず申し訳ありません。……あいにくこのような状態なので、自分の力で歩くことも叶わないのです』


 そう言ってリアムが見せてきたのは、自身の枯れた右脚。


 つま先から太ももにかけて黒く変色し、木の根が内側を張るように肌が盛り上がった症状のそれは――時が戻る前の私が目にしたことのある奇病であった。



 ***



「治癒魔法式、展開」


 リアムが座る寝台横の椅子に腰掛け、いつものように魔法式を展開させる。


 治癒魔法式。

 病や怪我の治療、回復に効果のある魔法であり、リアムが発症している『枯黒ここく病』には抑制目的で使っている。


(今日は、核の活動が活発だわ……リアム、かなり辛いでしょうね……)


 奇病と言われている『枯黒病』は、発芽核が体内で芽吹き、糧となる魔素を吸収することによって進行する病である。


 発症すると黒い根が肌の内側を張り巡らせてゆき、まさに土の下で木の根が広がっていくように、魔素の吸収範囲を徐々に広げていく。

 黒い根が体全体を覆うまでになると、最後に肌を突き破って一本の黒く枯れた木を形成する。そしてまた実をつけ、匂いに惹き付けられた野生動物に食べられ、巡り巡って人の体内で芽吹くのだ。


「……っ、う、く」

「姉さん、もうそれぐらいでっ」

「大丈夫、大丈夫、もう少しだけだから」


 治癒魔法は、魔法式を展開させ、発動したあとも気が抜けない。もちろんほかの魔法も気を抜いてはいけないけれど。


 治癒魔法の場合、魔素の練り具合や、魔法の操作を間違えると、対象者の状態をさらに悪くしてしまう可能性がある。


 ただの切り傷を治すにしても、集中を切らして失敗すれば逆に傷を広げて致命傷ほどの大きさにしてしまうこともあった。

 ゆえに治癒魔法の扱いはより慎重にならなければいけない。


「……ふう」


 しばらくして、ロッドを膝に置く。

 息を整えながらリアムに目を向けると、彼はじとりとした眼差しでこちらを睨んでいた。


「リ、リアム?」

「また限界寸前まで治癒魔法をかけましたね。顔が真っ青です。もし倒れたらどうするのですか」

「でも、そこはちゃんと計算して使っているから。絶対にリアムに迷惑は」

「僕が言っているのはそういうことではなくて!」


「――リアム様は姉君がそれは心配で心配で仕方がないのですよ、殿下」


 私たち以外の声が室内に響き渡る。

 部屋の扉には、いつの間にか騎士服を着用した青年の姿があった。


「来ていたのね、ギル」

「魔法の邪魔をしてはいけませんので、外で待機しておりました。本日の治癒、お疲れ様でございます」


 ギルはその場で一礼すると、こちらに歩み寄ってくる。


「ギル、誇張して言うのはやめてくれないか」

「しかし、心配しているのは事実ではないですか」

「…………まあ、それは、そう、だけど」

「ふふ、ありがとうリアム」


 思わずお礼を言えば、リアムは照れたようにそっぽを向いた。ちょっと耳が赤い。


 基本はしっかりとした口調のリアムだが、長い付き合いであるギルの前では少し幼くなる。まるで兄弟のような雰囲気だ。


 王宮魔道騎士団の副団長職についているギルは、一般騎士の時代からリアムに仕えていた。

 リアムをただ一人の主とし、騎士の忠誠を誓ったというので、二人は立派な主従関係にある。


 そして私やリアムと同じくシュトラウス王国の現状を嘆いている人でもあり、彼はリアムこそが王位を継ぐにふさわしいと思っている。


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