夜も深まる頃、私は夜着を脱いで別の服にもう一度着替える。
しかし袖を通すのは昼間に着ているようなドレスにではなく、目立たない王宮メイドの制服だった。
亜麻色がかった白髪を目立たないよう一纏めにし、その上から裾の長いローブを羽織ってしっかりとフードを被る。
それから愛用のロッドを手に持ち、ソファに寝転ぶスティに声をかけた。
「今夜も留守をよろしくね、スティ」
頭を撫でるとスティは黄色い瞳を細めた。スティに視線で見送られながらバルコニーの扉を開けた私は、両手で握ったロッドに力を込めた。
「浮遊魔法式、展開」
夜の闇に光を帯びる魔法陣が浮かび上がる。体内の魔素を練り、動力に変えて魔法を発動。すぐに両足はふわりと床から離れた。
夜間の警備兵に目撃されない空の道を飛行すること暫し、見えてきたのは王宮薬師院の建物だった。
周辺に人がいないかをもう一度確認したあと、ゆっくりと下降し、あらかじめ解錠がされている扉から中に入る。
「お邪魔します。遅くなってごめんね、リアム」
室内には数多くの本棚が並んでおり、壁に沿って置かれた大机にはいくつもの資料が散乱していた。
そのさらに奥に置かれた寝台の上には、水色の瞳に亜麻色かがった白髪の少年が座っている。
「こんばんは、姉さん。こちらこそ、いつもご足労くださりありがとうございます」
「私がしたくてしていることだもの。話はあとで、まずはいつもの治療を始めましょうか」
「……お願いします」
深く頭をさげるリアムに、私も小さく頷き返した。
互いの首にかかったネックレスが揺れる。同じ色味の素材で作られたそれは、私たちの姉弟関係を証明するものの一つでもあった。
シュトラウス王国には、生まれてくる我が子に母親から祝福を授ける意味を込めたささやかな装飾品が贈られる。
種類は人によってそれぞれだが、私たちの母・リュシールは、故郷から持ってきていたという橙色の加工水晶をはめ込んだネックレスを授けてくれた。
(時戻り前はこのネックレスも早いうちにエラに没収されて、ソルディアには持っていけなかったのよね。なによりも……)
時戻り前の私がリアムの存在を知ったのは、北ソルディアに嫁いでしばらく経った頃だ。
突然、祖国シュトラウスから届いた書簡に驚き、差出人がドルウェグと知ってさらに驚いたのを覚えている。
不審に思いながら内容を確認すると、ただ短く『お前の弟、リアムが死んだぞ』と書かれていた。
(死んだぞ、じゃないわよ……っ! あんのどクズ!)
思い出しただけでも、感情が蘇って頭の中ではブチッと何かがキレる。
ソルディアが滅亡に陥れられたときを除き、あのときほどドルウェグに、シュトラウス王国に、自分に失望したことはない。
何せあのときの私は、リアムの存在を知らなかったのだ。
自分に弟がいるだなんて夢にも思わなかったし、その弟が原因不明の奇病にかかっていたことなどもちろん知るはずもなかった。
私はずっと無能な亡霊王女と呼ばれていたが、リアムはその存在すら秘匿とされていたのである。
奇病の影響で魔法が扱えず、陛下からは見放され、ドルウェグの権限で王宮薬師院に死ぬまで軟禁されていたのだと知ったときは涙が止まらなかった。
だからこそ、四年前にドルウェグの下についたとき、まず最初に私が行ったのはリアムとの接触だった。
ドルウェグはなぜ私がリアムの存在を認知していたのか不思議に思っていたが、そこをなんとか誤魔化して交流を持つことに成功したのである。