「アインシュ、これは何事だ!」
シルヴァンに暗器(のような針)をしまうようお願いしていると、数人の大人たちがぞろぞろと中庭にやってきた。
「ち、父上〜!」
アインシュは素早く立ち上がると、先陣を切って走ってきた伯父ヤーコブに抱きつく。続いてツヴァルとドーラも、ヤーコブの脚の後ろに隠れた。
「アインシュ、なぜそんなに汚れているんだ? お前たちも目を腫らして……」
ヤーコブはアインシュの頭に手を置き、服装の乱れを追求する。
「あ、あいつが、あいつらが、おれを刺そうとしてきたんだ!」
「なんだと!?」
アインシュがビシッと力強く指を指し示す。
矛先は私とシルヴァンに向けられており、私の姿を目にしたヤーコブはわかりやすく眉を顰めた。
「まさか貴様――」
「ククルーシャ、なにがあったというんだ?」
同じく庭園に駆けつけてくれていたお父様は、顔を真っ赤にして怒鳴る寸前だったヤーコブの肩を押しのけて私のところまで歩いてくる。
ほかにも人が何人かいるからだろうか。
いまのお父様は、私と二人きりで話しているときとは雰囲気が全く異なって見える。
ああ、そうだ。まさに当主様っぽいんだ。ぽいじゃなくて、ちゃんと当主ではあるんだけど。
でもいまは何よりも弁解が必要だ。
「……シルヴァンはね、私のことを庇ってくれただけだよ、パパ」
「なっ、パパだと!?」
「ふっ、くく……」
パパ、と言った途端、ヤーコブは目玉が飛び出そうな驚愕顔を浮かべていた。
そしてぞろぞろとやってきた大人たちの中の一人、紫髪の男性が面白げな様子で口元を押さえている。いや笑ってるじゃん。誰だろう、あの人。
「…………」
しかしお父様は周囲の反応をものともせず、軽々と私を抱き上げ、さらに尋ねてきた。
「シルヴァンが、お前を庇わなければいけない、何かがここであったということだろう。一体何が――」
「なんだよ、大げさなんだよ! おれはただそいつをっ」
「喚くなアインシュ! 貴様は誰の言葉を遮っているのか理解できないのか!」
突然、脳天を落雷が直撃したかのような衝撃に、肌がビリビリと痺れた。
(び、びっくりした。ヤーコブの大声とはレベルが違う)
まさかこの人まで庭園に来ているとは思わず、私はぽかんと口を開けて凝視する。
(ヴェルセルグ魔公爵家の前当主。オズモンド・ルフラン・ヴェルセルグ。お父様の父で、私の祖父でもある人……)
公に立つお父様が絶対零度の如く研ぎ澄まされた静かなオーラで周囲を戦慄かせているとすれば、祖父はその真逆……まるで火山を流れるマグマのように凄まじい威圧感がある。
(……うん、どっちにしろ家門外の人からすれば生きた心地がしなさそう)
家門外どころか、私だって緊張する。
一度目の人生では会ったことがなかったので、とてつもなく厳格な人という印象しかない。
祖父は当主の座を退いたあとも相談役として悪家ヴェルセルグに貢献していた。
当主時代に築き上げた自身の世評や人脈をうまいこと利用し、帝国と隣合う三カ国に古くから存在する裏世界の重鎮とほどよい関係を保ち続けていた。
そして祖父は、じつは誰よりも愛情深い人だったらしい。
それを教えてくれたのは、祖父の従者を長年勤めていたネイソンという老齢の男性。
確認すると、庭園に駆けつけた大人たちの中にはネイソンの姿もあった。一度目に会ったときよりもまだ幾分若くはあるけれど、間違いなく祖父の本当の姿を教えてくれた人である。
「ククルーシャ」
「は、はい!」
ぼんやりと祖父について考えていれば、その本人に名前を呼ばれて自然と背筋が伸びた。
「包み隠さず、あったことを当主に話しなさい」
深い柘榴色の瞳と、流れるように目尻に深く刻まれた皺。
緊張は変わらずあるけれど、一度目のときのような得体の知れない恐怖心はなくなっていた。
「…………はみ出しものと、言われました」
「……!」
お父様の瞳がかすかに揺れた。なんだか悲しそう。
「下賎の者から生まれた忌み子、本当ならヴェルセルグにいてはいけない異端児。そう言われました。だからシルヴァンは、主の私を守ってくれたの」
「……そうか。お前の言い分はわかった」
お父様は頷くと、次にアインシュに目を向けた。
「アインシュ、お前の言い分は?」
「うっ……うっ……うああああああん!」
「こらアインシュ、しっかり話さないか!」
自分の発言を復唱されてバツが悪いのか、お父様に怖気付いてしまったのか。その両方なのかもしれないが、アインシュは自分から発言を放棄してしまった。
(いくら一度目の恨みは深くても、いまは私のほうが大人だもんね……よし)
私はお父様の肩をとんとんと叩き、下ろして欲しいとジェスチャーを送る。
地面に足をつけ、ジタバタと駄々をこねるアインシュに近づいた。
「アインシュ」
「な、なんだよぉ!」
「私の従者が驚かせてごめんね。シルヴァンっていうんだけどね、シルヴァンはちょっとあなたをびっくりさせたかっただけなの」
まあ、多少の殺気も出ていたけど。
さすがヴェルセルグの子供。殺気を感じ取ったから「刺される」と本気で思ったのだろう。
「それとね、私の名前はククルーシャ。それであの人が私のパパ。はみ出しものでも、忌み子でも、異端児でもない。ククルーシャだよ。アインシュ、ツヴァル、ドーラ」
一度目の人生では、堂々と三人に名乗ることができなかった。
だけど今回は違う。お父様と和解して娘だと認めてもらった私は、彼らに対して劣等感を抱くこともなければ、恐ろしいと感じる必要もなくなった。
私はもう、対等だ。
「だからもう、あんな酷いことは言わないでね――約束」
その瞬間、目の前のアインシュが蛇に睨まれた蛙のように動かなくなってしまった。
私の瞳を食い入るように見つめながら体を硬直させている。
この感じ、つい先日のナタリーの反応に似ているなと思っていれば、アインシュの背後に立っていたヤーコブがぽつりと呟いた。
「魔眼、だと……早すぎる、なぜこんな子供に…………!」
まだお父様からは詳しく説明がされていなかったけれど……ナタリーのときといい、やっぱり私には魔眼の力がすでに備わっているらしい。