『なあ、お前が"はみ出しもの"だろ? 父上から聞いていたとおり、ヴェルセルグの人間とは思えないやつだな』
家門の血を色濃く受け継ぐ身でありながら、絶対に認められない存在。
この上ない侮辱であるその嘲笑を、あの頃止めてくれる人なんていなかった。
お父様の兄にあたる伯父ヤーコブには、三人の子供がいる。
長男のアインシュ、次男のツヴァル、末っ子娘のドーラ。
彼らと初めて顔を合わせたのは、皇都アカデミーに転入した直後のこと。
けれど歓迎などは一切されず、むしろ伯父ヤーコブがお父様を敵視していただけに、私へのあたりは常に強いものだった。
課題の代行から使いっ走りは当たり前、数々の侮辱を浴びせられ、尊厳を容赦なく踏みにじられた。
仕方がない。だって私ははみ出しものだから。
まがい物に主張する権利が与えられるわけがない。
私にとって従兄妹の記憶は、やり直しの人生を歩むうえで忘れられないトラウマになっている。
***
『おい! 誰の許可を得てここに入って来ているんだ! この庭園はヴェルゼルグの血縁しか入れないはずだぞ!』
朝の散歩中、乱暴な呼び止めに振り返れば、なんとなく顔に覚えのある子供の姿があった。
声も背格好も時戻り前の初対面のときとは違うけれど、忘れもしないこの三人。
(アインシュ、ツヴァル、ドーラ!…………小っちゃ!)
少し離れた位置にちょーんと仁王立ちでいるアインシュと、その後ろから顔を出してこちらをじっと見つめているツヴァルとドーラ。
あまりにも幼すぎる姿に、身構えていた肩の力が抜けていく。
(私も子供なんだから、当然この三人だって子供じゃない! ということは、いまアインシュが9歳、ツヴァルが7歳、ドーラが私と同じ6歳だよね)
一度目の幼少期は全く交流がなかったので、こうして子供の姿で対面するのは初めてだ。
「おにいさま。この子の色、わたしたちと一緒だわ」
アインシュの後ろに隠れていたドーラが、ちょんと彼の服の裾を引っ張る。
ツヴァルもこくこくと頷きながら私をじいっと見つめていた。
「…………たしかにそうみたいだが」
アインシュは弟妹の言葉を聞き、目を細めてこちらに視線を投げる。
品定めのような目つきに居心地の悪さを感じていれば、アインシュは何か思い出した様子で口角を吊り上げた。
「ああ、おまえ――父上が言っていた"はみ出しもの"の忌み子だな?」
その瞬間、身体がビクッと震えた。
足の先が冷気に晒されたように冷たくなり、なぜか一歩も動けなくなる。
ほんの一瞬だけ、重なって見えてしまった。
小さなアインシュの背後で侮辱的に笑う、私が一番知っているアインシュの姿が。
(大丈夫、大丈夫。嫌な記憶ばっかりだけど、いまここにいるのは子供! 態度は大きくてすでに最悪だけど、まだ無害そうな子供のアインシュよ!)
そうして怯んだ心を落ち着かせていた私の横で、音もなくシルヴァンが行動に出た。
「本当に色はおれたちと同じなんだな。でも全部まがい物だって聞いたぞ。下賎の者から生まれた忌み子。本当ならこのヴェルセルグにいてはならない異端児だとな! なあ、そうだろ。はみ出しも――」
「そろそろこの口、縫い付けようか」
「え」
私の隣にいたはずのシルヴァンが、なぜかアインシュの目の前に移動して、変な針を向けている。
(たったいままで私の隣にいたよね!? なにそれ瞬間移動とかできたの!?)
裁縫に使うにはあきらかに長くて太い鋭利な針。パッと見、暗器にしか見えない。というかアレ、本物の暗器では?
「ちょ、ちょちょちょ……シルヴァン!?!?」
いつの間にか凍ったように動かせなかった足が自由になり、これ幸いと私はシルヴァンに駆け寄った。
「ひいっ、なんだおまえっ、やめっ、やめろよぉ!」
「なにって、従者ですが」
「うぎゃっ」
「うわあああ兄さあああん」
「えええん、おにいさまあああ」
太い針を突きつけられたアインシュは勢いよく尻もちをつき、ツヴァルとドーラはそんな兄の姿に驚き涙目になっている。
「シルヴァン、ストップストップ!」
私は暗器のような針を手にするシルヴァンの腕を引き、動きを制止した。
「え、どうかした?」
「それはこっちのセリフですけど!? その針、一体なに!? いま何をしようとしてたの!?」
するとシルヴァンは、ぱちぱちと瞬きをして、
「……。まさか、ちょっと脅しただけ」
「その絶妙に怪しい間……」
「だけどほら、いつも通りの君に戻った」
「ええ?」
「主にあんな顔、させるわけにはいかないからね」
そう言われて、思わずぺたぺたと自分の頬を触ってしまった。
(そんなに酷い顔、してたのかな……)
たしかにほんの少しだけ、時戻り前のアインシュたちとの記憶が蘇って余裕をなくしていたけど。
「な、なんだよぉ。はみ出しものをはみ出しものって言ってなにが悪いんだ! だっておまえのことなんだろ!? 叔父上が引き取ったククルーシャってはみ出しものは――びゃああ!」
「……」
「だからシルヴァン、アインシュに針を突きつけるのはやめて! 怖がってるから!」
まだ言うのか、と訴えるようにシルヴァンは針の先をアインシュの口元に近づけて脅かしていた。
あまりの怯えっぷりに、私がアインシュを庇うというおかしな構図が出来上がってしまっている。
かつてのトラウマも、これだけ泣き喚かれると対応に困るというか。
もはやトラウマがどうとかいう複雑な感情も、この瞬間は吹き飛んでしまっていた。