「頼む。私の命ならいくらでも差し出そう。リファール王国を、民を救ってくれ……」
「それはあなたの仕事です。生きて償いをしてください」
懇願する王にグレースは敵意のない声をかける。仲間達もそれに頷く。
「すまない……我が国のためだけに戦った私が、貴殿らに勝てないのは当然だった。人の可能性、しかと目に刻ませてもらった」
「もう二度と他国に侵攻しない、誓ってもらえますね?」
「王の名にかけて、誓おう。この戦いで被害を受けた全ての人には国を挙げて補償をする」
結果としてリファール王が命を取り留めたのは幸運だった。王を失えば王国は混乱をきたし、更なる戦禍が広がった可能性もある。
元々は賢王として知れ渡ったリファール王だ。不戦の誓いも守られることだろう。
「我らが軍に撤退の命を出せ」
「はっ!」
魔王軍を退け湧いている人間たちだが、先ほどまで戦っていた者たちが入り乱れている状態で、一刻も早くこの場を収める必要がある。
「王も行ってください。これからの話はまた改めて」
グレースの言葉に頭を深く下げ、従者に支えられながら撤退の指揮をとるリファール王。
「これで戦いは終わるわね。私はアレクスやニーナのところに行くわ」
「私もインヴァー軍の元へまいる。グレース殿、またお会いしよう」
エルザとヴァイス、両ギルドマスターは撤退していくリファール軍を抜け、仲間たちの元へと馬を走らせる。
「ふ〜、ほんとギリギリだったな」
アロンの安堵の一言が、皆の思いを代弁する。
グレースはそんな相棒を見つめ、微笑むのだった。
―――――
「英雄の凱旋だあ!」
「おおおお! グレースっ! グレースっ!」
「ファインちゃん〜! ノアルさん〜!」
セクレタリアトに戻った一行を、住民たちの歓声が包む。
「アジャースカイ、万歳!」
「インヴァーのみなさん、ありがとう!」
エルザとヴァイスが手を振って応える。
「グレース、その、今回もお前に助けられた。酷い態度をとって、すまなかった」
「私もごめんなさい。あんたはアジャースカイの誇りだよ」
アレクスとニーナも相当なダメージを受けてはいたが、命に別状はなく、共に帰還していた。
「いいんだ。俺たちはいつだって仲間だ、そうだろ?」
三人は笑顔を交わす。初めてアロンを手にし、みなを置いて逃げ出したあの日。針の筵のように軽蔑の視線を集め、ギルドを去ることを決意した時。エルザの涙。喪失感と悔しさ、悲しみ。
それら全てがもはやグレースには懐かしかった。アレクスやニーナと和解できたこと、そして何より、こんなにも仲間が増えたことがグレースの心を満たしていた。
「よう! 英雄!」
男の声に振り返ると、戦いに駆けつけてくれた冒険者がいた。
「生きていたのか!? 良かった……」
「勝手に殺さないでくれよな。しぶとさだけはあんたら並みなんだぜ」
戦いの途中、グレースに道を切り拓くために突撃を敢行した冒険者たちは、何名かは戦場に散ったが一部は生還を果たしていた。
「俺たち、アジャースカイに入れてもらうことになったんだ」
誇らしげに語る冒険者に、以前に魔王から逃げ出した際の暗い影はない。
「それは頼もしい。セクレタリアトをよろしく頼む」
「あなたも戻って来て、グレース」
乱れた赤毛を手で
「ありがとう、エルザ。これからのことについては、少し考えさせてくれないか」
「いいわ、待つのには慣れっこだから」
努めてそっけない態度で手を振って去るエルザ。二人のやりとりを不安そうな様子で見ているファイン。
「英雄たちに乾杯! 今日は宴だ!」
傷の手当てが済んだものから、住民との酒盛りに参加していく。セクレタリアトの街はお祭り騒ぎだ。
「グレース、ギルドに戻っちゃうの……?」
ファインが上目遣いで尋ねる。
「実はな、考えてることがあるんだ。落ち着いたら話をさせてくれ。今はこの熱気を楽しむべきだ!」
「え〜、もったいぶって。じゃあとりあえず、服を着てね」
もはや誰も突っ込みを入れることがなくなってしまったが、グレースは白いふんどし一丁だ。
このままではかつての通り名である
「いやいや、グレース殿はその格好が一番似合っている。私も真似をしているんだ!」
金髪の美男子であるヴァイスが鎧を脱ぎ出すと、その下には逞しい肉体に白いふんどし。
周囲では女性たちの黄色い歓声があちこちで上がる。
「グレース殿、インヴァーでの飲み対決の続きといきましょう」
「望むところ! ふんっ!」
酒樽を持ち上げるグレースの上腕筋がぴくぴくと動く。
今度は女性だけでなく、男たちの熱狂の声が湧き上がる。
「まったく、なのなのよこれ……」
「ファインちゃん〜、飲んでる〜?」
どこからか借りたのか、大きな布を羽織ったノアルがファインに絡む。すでにほんのりと頬がピンクに染まり、布からチラチラと黒の下着が見えている。
「ノアルっ、あなたまで! もう、ちゃんと服を着てよ〜!」
「そんなことより〜、グレースの腕の中はどうだったの?」
ファインをぐいぐいと肩で押しながらノアルは言う。
「すごく逞しくて……かっこよくて……って、何言わせるの!」
「うふふふふ〜」
真っ赤になってパシパシとノアルを叩くファイン。
「若いわねぇ。ま、今くらいハメを外してもよろしくてよ」
「うむ。我らは酒は飲めぬが、この雰囲気、悪くない」
プルとモンドは満更でもない様子で語り合う。
「アロン、お前も飲むか?」
「飲めるかいっ。だけどよ、グレース。その、感謝してるぜ」
「よせよ相棒。俺たちは一連托生、そうだろ?」
「だな。最高のパーティーになったもんだ」
酒を飲み干しながら、みなの様子を見渡すグレース。大魔王アファームドを倒したことで、人間が滅ぼされる未来は変わった。これから先は誰にも分からない。
この笑顔を、みなの未来を守るため、これからも出来ることをやっていこう。グレースは決意を新たにする。
―――――
「リファール王国とセクレタリアト、インヴァーは同盟を結び、交流を促進していくことになったわ」
大魔王との戦いから一週間後。アジャースカイの執務室でグレースとエルザがテーブルを挟み向かい合っている。
「一度は剣を交えたからな、そう簡単には事は進まないと思うが、君なら上手くやるさ」
「任せてちょうだい。さて、この間の話だけど」
ぐいっと身を乗り出すエルザ。
「俺なりに考えた。大魔王を倒し、魔王軍はどこかへ消えた。おそらく魔界とやらに戻ったんだろう。しばらくは大人しくしているだろうが、いつまた奴らがやってくるか分からない」
「そうよ。だからアジャースカイには貴方が必要なの」
「今回、多くの人に助けられてなんとか勝つことが出来た。持つべきものは仲間だ。それはアジャースカイだけに限らない」
エルザの顔が若干曇る。彼女はそんな予感はしていたが、現実になると心がざわつく。
「俺はギルドを立ち上げようと思う。再び戦いが起こる前に、世界中から仲間を募る」
「そう……分かった、分かったわ。貴方は止められない。でも、これからもアジャースカイを、私を助けてね」
「もちろんだ。しばらくはセクレタリアトを拠点にさせてもらう。いつか、Sランクに昇格したアジャースカイのようなギルドにしてみせるさ」
「負けないわよ」
二人は立ち上がり、固く握手を交わす。グレースの微笑みに、エルザも吹っ切れた顔で笑う。
―――――
「ギルド設立の申請ですね。ギルド名は……記載の通りとさせていだきます。英雄たちのギルド、組合も大いに期待しています」
グレースたちはギルド組合から、三人のメンバーとしては破格の待遇で迎えられ、個室も与えられた。
「ここが私たちのホームになるのね!」
三人には有り余るスペースを、子どものように走り回るファイン。
「転ばないでね、ファイン」
母親のようにノアルがおろおろする。
「俺様たちの伝説がここから始まるんだな」
「わたくしは名前が気に入らないわ。気品が足りないのよ」
いつものように言い合いを始めるアロンとプルに苦笑いするグレース。
するとドンドン、と扉を叩く音が響く。
「どうぞ」
返事をするかしないかのタイミングで扉が開き、一人の男が駆け込んでくる。
「あなたたちが英雄さんたちですね!?」
「そんな大層なものじゃない。それより、どうしました?」
男は一つ深呼吸をしてから切り出す。
「どうも、私は呪われてしまったようで……あなた方も呪われし武具をまといしパーティーだと噂で聞き、相談にまいった次第でして……」
「そんな噂が流れてやがんのか。俺様たちは伝説の武具なのに」
「そうよそうよ、無礼な輩ね」
「うわっ、喋った! やっぱり、本当だったんですね!」
男にはアロンとプルの声がはっきりと聞こえているようだ。
「えー、こいつらはいちおう呪いの武具ではないんですが、貴方も何かを装備したのですか?」
「はい、この弓をダンジョンで見つけたんです」
背中にしょった巨大な弓を見せる男。
「おいらはミストルティン! でも狙った的は外さないぜ。ミスを取るティーンってね!」
よく分からないテンションに言葉もない一同。しかし男だけは爆笑する。
「だははははは!! なんだよそれ! ティーンってなんだよ! はっ……!」
白い目で見られていることに気づき、我に帰る男。
「こんな具合で、なぜかこいつの言葉に笑わずにはいられないんです……使ってみると百発百中なんですけど……」
「あー、呪われてんなこれ」
「残念ね」
「羞恥心は感じる」
口々に勝手なことを言う武具たち。自分たちだって相当なものだろうに。
「お願いしますっ、私を助けてくださいっ、なんでもしますっ!」
土下座しそうな勢いの男を止め、グレースはファインとノアルを見やる。二人とも力強く頷く。
「うちのギルドに入りませんか? 一緒にこの世界を守っていきましょう!」
グレースの声かけに男は顔を上げ、泣きそうな顔で言う。
「いいんですか!? ぜひ、お願いします!」
四人と四つの武具になったパーティー、改めてギルド。
グレース、ファイン、ノアルが声を合わせる。
「ようこそ、魔王殺しのギルド、アロンダイトへ!」
〜完〜