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第39話 大魔王殺し

「だから何だと言うのだ! 滅びの運命は変わらぬっ!」


 大魔王の合図に骸の兵士たちが大挙して二人に押し寄せる。


「はあっ!!」


 ファインを片腕で抱き上げたまま、グレースはアロンを振り下ろす。

 再び粉々になる兵士たち。


「雑兵を倒したぐらいで調子に乗るでないぞ。消え去れいっ!」


 一人残った魔王が掲げた杖を中心に、闇が深まっていく。何の混じり気もない闇、無と言ってもよいような虚無の塊が膨張していく。


 杖から離れた塊は、軌跡を自分と同じ暗黒に変えながら、グレースとファインへと飛翔する。

 空間そのものを呑み込む消滅魔法。大魔王が初めて見せた本気の攻撃。


「絶対に負けないっ! 私たちは無敵なんだからっ!」


 虚無がグレースとファインに直撃し、そこにはぽっかりと黒い穴だけが残る。


「ふははははは。これでもう余に抵抗する人間はおらぬ」


 高らかに勝ち笑いを上げる大魔王。

 黒い穴は徐々に小さくなっていき、そこには何物の欠片すら残っていないはずだった。


「む!?」


 何もなくなったはずの虚無から、一筋、二筋と黄金の光が発せられる。

 輝きは暗黒を包み込む、逆に呑み込み返していく。大魔王すら目を細めるほどの光が広がり、グレースとファインの姿が現れる。


「強力すぎると、まんまり美味しくないものね」

「おっきな食べ物って意外と美味しくないのと一緒だね!」


 ファインは天真爛漫な笑顔を見せてから、きっと表情を変える。


「グレース、アロン! 二人に全てを託すわ!」

「おお!!」

「リフレクション・アモーレ!!」


 プルに蓄えられた力がファインを伝い、グレースとアロンに流れ込んでいく。

 グレースの白いふんどしが、これ以上は耐えられないといった様子でバサバサと荒々しくたなびく。


「こんな力を人間が……あってはならぬ、あってはならぬっ!」


 グレースたちが発する緑のオーラに押され気味の大魔王は再び虚無の塊を作り出す。

 それは先ほどよりも一回りも二回りも大きく、当の大魔王さえ引き込まれかねない引力を持つに至る。


「全てを無に返してやろう! ふははははっ!」


 大魔王から離れた暗黒の塊は一気にスピードを上げ、グレースたちに迫る。


「おおおおおお!!」


 緑のオーラを纏ったアロンは、数十メートルにまで成長している。

 グレースはファインを強く抱きしめたまま、全身の筋肉という筋肉を総動員して巨大化したアロンを天高く振りかぶる。


「未来を俺たちの手にっ! 必殺! アロンダイトおおおっっっ!!」


 目の前まで迫っていた暗黒の塊は、一瞬にして掻き消され、空間は元に戻る。


 そして大魔王にまで達したアロンは、攻撃をまったく寄せ付けなかった闇のオーラすら切り裂き、大魔王の肩口に切り込む。


「ぐあああああっっっ……!」


 斜めに一刀両断された大魔王が断末魔の悲鳴を上げ、上体が地面に転がる。


「やった、やったよ、グレース!!」


 沸き立つファインに大魔王がぽつりぽつりと呟く。


「まだ……まだよ……こんな傷、余に治せぬはずが……」


 しかし大魔王の体はアロンによって断たれた箇所から崩壊を始める。


「再生できぬ、だと……余は大魔王……負けるはずが……な、い……」


 骸骨の体も身につけていたローブなど装備品も、塵となり消えていく。場を覆っていた闇も晴れ、太陽の光が大地に降り注ぐ。


「終わった……俺たちの勝利だ。全員で掴んだ勝利だ!」

「魔王殺し改め、大魔王殺しのパーティーだな!」

「本当に勝ったんだね……。これでみんなは助かるんだよね?」


 ファインの顔がグレースの顔のすぐ近くに接近する。

 グレースは改めてまじまじと見るファインに、心が熱くなるのを感じる。これは戦闘の昂ぶりの名残なのか?


「グレースから初めて羞恥心を感じる」

「いったいどうしたのかしら?」


 駆け寄ってきたノアルに合わせて、グレースはファインを下ろし、顔をパンパンと叩く。


「まだ魔王軍が残っている。奴らをどうにかしないと……」

「魔王軍は撤退を始めたようよ。大魔王が敗れたことが伝わったのでしょう」

「無事だったか、エルザ!」


 ボロボロになりながらも、グレースたちに歩み寄るエルザとヴァイス。

 エルザの言う通り、戦場では魔王軍が戦線を離脱し始めており、残されたセクレタリアト・インヴァー混成軍とリファール王国残党軍が共に勝ち鬨を上げている。


「勝つには勝ったが、代償も大きかった……」

「これからどうなっちゃうの? リファール王国とまた戦うことになるの?」


 ファインの悲しさを含んだ声に応えたのは、若い男の声だった。


「許しを請うつもりはない。責任は私にある。兵たちは解放してやってくれないか」

「リファール王!?」


 声の主は従者に肩を支えられ、なんとか意識を保っているといった体のリファール王だった。

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