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第38話 逃げる戦士と逃げられない魔導士

 今度は確かにアロンから声がした。グレースは無意識のうちに握りしめたナイフを振る。


 氷の槍は真っ二つに割れ、グレースの脇にどちゃりと落ちる。

 オーラの長剣となったアロンが一刀両断していた。


「俺様はこんな筋肉だるまじゃなくて、かわい子ちゃんに求められたかったけどな」

「アロン!! 待たせやがって、このやろう!」

「すまねえな。だけどよ、ファインとノアルもまだ諦めてないみたいだぜ」


 グレースが二人が倒れていた場所を見ると、ふらふらになりながらも立ちあがろうとしている二人が見える。


「私だってまだやれる……プルちゃん、戻ってきて! 戦いは終わってないんだからっ!!」


 ファインの叫びにガントレットが黄金の輝きをもって応える。


「逞しくなったわね、ファイン。わたくしも負けてられませんわっ!」

「モンド、貴方の力を貸して……!」


 ノアルは石になったダイヤモンドをブラジャーの中に入れる。


「ひゃっ!」


 冷たさと当たりどころの関係でノアルは艶やかな声を上げる。


「これはかつてない羞恥心……我の全てを授けよう!」


 ノアルの黒のブラジャーからピンク色の光が溢れる。魔力を使い切ったノアルだったが、力が湧き出てくるのを感じる。


「小癪な、もう一度黙らせてやろう」


 大魔王が暗黒のオーラを三人に向けて放つ。しかし今度はそれぞれの光にかけ消され、闇は散り散りになる。


「残念だったな大魔王様よ。俺様たちはお前の道具じゃない。こいつらの相棒よ!」

「あくまで抗うと言うのか。ではその持ち主ごと、二度と口を聞けぬようにしてやるしかあるまい」


 大魔王が動く前にグレースが叫ぶ。


「ノアルっ!」

「はいっ! ヒーリング・オール!!」


 温かい光が三人を包み、傷が癒えていく。グレースの胸の出血も止まり、穴が徐々に塞がっていく。


「厄介な。ではこれならどうかな」


 素早く詠唱した大魔王の足元から、腕の骨が何本も生えてくる。

 至る所で地面が盛り上がり、そこから鎧を纏った骸骨の兵士が多数湧き出てくる。

 中には腐った肉が残っている者もおり、周囲に死臭が撒き散らされる。


「グレース、ちょっとまずいぞ……」

「逃げることを言っているのか? それならどうせ大魔王からも逃げられないはずなんじゃないのか?」

「いや、もう二回魔王と戦ったから分かる。あいつは今、結界を張ってねえ。さっきまでと雰囲気が違うんだ」


 グレースとアロンのやりとりを察した大魔王が、カタカタと歯を鳴らして言う。


「よく気付いたな。言ったであろう、余はお前たちを評価していると。わざわざデメリットを解消してやるほど、大魔王は甘くはない」


 骸の兵士たちは10体、20体と数を増やしていき、なおも地面から這い出してくる。


「くっ……」


 ノアルの攻撃魔法を使ったとしても、おそらくまだ敵は湧いて出てくるだろう。

 アロンで攻撃をしても同じこと、しかも今回は攻撃したら逃げてしまう……今度こそ戻ってこれる保証はない。


 逡巡するグレースに骸の兵士たちが迫る。決断を迫られた時、ファインが叫ぶ。


「グレース! 攻撃してっ!」

「しかしそれでは……」

「大丈夫、私に考えがある。きっと大丈夫だから、私を信じてっ!」


 どんな策があるものかグレースには見当もつかない。しかし、ファインが言うならば信じない理由なぞない。

 彼女はいつだって俺を信じてくれた。俺も彼女を心から信頼している!


「分かった! いくぞっ、アロンっ!」

「おう! かましてやるぜっ!」


 30体は超えている骸の兵士たちに突撃するグレース。オーラの長剣となったアロンを横薙ぎで払う。


「くおおおおっっ!!」


 一瞬にして目の前の敵は消滅していく。直撃を受けなかった者も剣圧で骸の体は粉々になり、大地へと帰っていく。


「その力、見事なり。だが」


 大魔王が再び詠唱すると、またしても骸の兵士たちが生み出されていく。


「くっ……」


 湧き出る敵を尻目に、グレースの足はやはり後方へと勝手に進み出す。

 勢いがつき、ファインとノアルを追い抜こうした瞬間、ファインが飛びついてくる。


「グレースっ!!」


 なんとか轢かずに腕で抱き止められたが、ファインは相当な衝撃を受けたはずだ。


「何をしてるっ!? いったいどうしてっ……んっ!?」


 グレースはこの場から逃げようとする己の足が自由になる感覚を覚える。


「止まった……?」

「やった! 成功よ、グレース!」


 逞しいグレースの腕にガッチリと抱えられたファインは満面の笑顔を見せる。


「しかしどうして……?」

「ヒントはあの大魔王よ」

「奴が?」

「ええ、大魔王は言ったわ。ローブも杖も宝石も、特殊な効果を持つ武具だって。つまり、一人で複数のそういった武具を装備することもできるってことよ」


 ファインの観察力と洞察力に改めて感心しつつ、グレースも笑う。


「そうか! 逃げるアロンと、逃げられないプル。それを装備した俺たちが一つになれば、その効果は相殺されるのか!」

「変な感じだぜ。プルの意志が俺様にも伝わってくる」

「ちょっと気持ち悪いけど、アロン、貴方の想い、熱いじゃない」


 青白いオーラとオレンジのオーラが混ざり、緑色の輝きがグレースとファインを包んでいく。

 闇を払い、上空は晴れ渡り、太陽の光が二人を燦々と照らす。

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