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第36話 大魔王、降臨

 グレースたちの上空に黒い渦が生まれ、それは暗黒の塊になり地面へと降下していく。

 ぼんやりとしていた輪郭が徐々に人型を模っていき、黒のローブを着た何者かの姿が浮かび上がる。


 ローブには呪術のような奇怪な模様が全身に刻まれ、肩の部分は鉄色の装飾が施されている。

 霞がかっていた顔も目視できるようになり、そこには骸骨の顔がある。目は不気味に青く光っており、グレースたちを冷たく見る。

 腕も骨が剥き出しになっており、指にはいくつもの宝石が嵌められている。


「なかなかに良き余興であった」


 風貌、そして雰囲気から死の匂いを放つその存在は、温かみを全く感じさせない冷淡な声を発する。


「お前が第三の魔王かっ!」


 グレースが身構えながら叫ぶ。


「余は魔王ではない」

「こんなもったいぶった登場をしたくせに、ただの魔族なの?」


 ファインの困惑した声に、一同が内心で同じ事を思う。骸骨はグレースたちを品定めするように見渡してから告げる。


「余は大魔王である。大魔王アファームド。魔王など余の下僕にすぎぬ。真の王は余のみよ」

「大、魔王……!?」


 魔王の存在は伝承にも残っているし、実際にこれまで対峙してきたが、大魔王などという存在はどこにも言及がなかった。


「魔界を統一するのに、ちと時間がかかってな。お前たちが邪魔者を倒してくれて、感謝しているのだよ」

「インリアリティとジェネラスのことを言っているのか?」

「そうだ。奴らが消え、残りの魔王を屈服させ、余は大魔王として魔界に君臨することとなった」


 大魔王アファームドは両手を広げ、手にした杖を軽く掲げる。


「お前がリファール王に取り入ったんだな!?」

「いかにも。奴は余に忠誠を誓った。慈悲深い余は、奴の国だけは残してやろうと思っていたのだがな。こうなってしまってはもうあの約束も無効であろう」


 大魔王は地面に突っ伏して動かないリファール王をちらりと見て言う。グレースは臆せず啖呵を切る。


「俺たちは自らの手で未来を掴む! 多くの人の犠牲の上で魔族に生かされる未来ではなく、真の平和を勝ち取るっ!」

「そうだそうだ! 偉そうにしてるけどよ、ただのガイコツじゃねえか」


 アロンの言う通り、大魔王からはさしたる害意は感じられなかった。これまで倒してきた魔王たちの圧倒的な威圧感が全くない。

 大魔王は変わらず平坦な声でグレースの方を見る。


「魔王殺しのナイフか。たかが道具に余の力は分かるまい」


 インリアリティ同様、やはりこの大魔王にもアロンの声が聞こえるようだ。


「大魔王様なら俺様たちの力を知ってるだろ! 降参するならいまのうちだぜ」

「戯言を。そもそもお前たちのように意志を持つ武具の主人は我々魔族だと言うのに」

「はぁ!? 俺様を作ったのは人間だ。それに相棒はこいつ、グレースは化け物じみてるが、一応人間だぜ」


 確かにアロンは1,000年前に人間の鍛治職人により作られた。魔族とは何の関わりもないはずだ。


「特殊な効果を持つ武具は我ら魔族の手により生み出された。その秘術を人間が模して作られたのがお前たちだなのだ」


 アロンでさえも初めて聞く話だ。にわかには信じられないが、大魔王の口ぶりには真実味がある。


「しょせんは崇高な我らの真似事。有益な効果だけでなくマイナス効果も併せ持つ、出来損ないしか人間には作れなかったようだがな」

「誰が出来損ないですって!?」

「聞き捨てなりませんね」


 プルとモンドの抗議にも、感情を動かされていない様子の大魔王。


「余が身につけているこのローブも、杖も、宝石も、全てお前たちの同族よ。しかし余の力を高めるだけで、何のデメリットなど存在しない。このようにな」


 それまで力を感じなかった大魔王から、禍々しいオーラが広がっていく。この場にいる全員が本能的に身を守るが、極寒の中に放り込まれたような冷たかさと戦慄が全身を走る。


 大魔王は杖をグレースたちの後方、バラバラと撤退を開始しているリファール軍の方を差し、人語ではない何事かを呟く。


「うわあああっっっ……!!」

「ぎゃあっ!!」


 巨大な岩が雨あられとリファール軍に降り注ぎ、無惨に潰された兵たちの悲痛な叫び声がグレースたちのところまで響く。


「やめろっ! 彼らはもう戦う意志はないんだぞ!」

「言っただろう、王との約束は無効だと。人間は皆、死ぬのだ」


 初めて大魔王から感情らしきものが窺える。それは殺戮を楽しむ愉悦であり、邪悪な意志そのものだ。


「次はお前たちだ。しかし余はお前たちを評価もしている。インリアリティとジェネラスを倒したことは褒めてつかわす。そして余は慢心しない。万に一つも勝ち目がないことを決定づけよう」


 大魔王から3本の暗黒のオーラが放たれ、一瞬にしてグレースたちを包む。悪寒と吐き気に襲われるグレースたちだが、それもすぐに治る。

 しかし闇のオーラはそれぞれの武具へと移っていく。


「んぐっ……」

「どうしたアロンっ!?」

「意識が……もって…かれ……」


 苦しそうに悶える声を上げるアロン。プルとモンドも同様の反応を示す。


「ファイン……わたくし……まだあなたと……」

「想定外だ……ノアル……気をつけ……」


 次々に沈黙していく武具たち。ナイフは錆びつき、ガントレットとダイヤモンドの輝きは失われ、石のようにくすんだ色に変わり果てる。

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