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第33話 未来を見る王

 リファール王の思わぬ答えにグレースだけでなく、仲間たち全員が訝しげな表情になる。そんななかでエルザが言葉を発する。


「リファール王は大変聡明で平和を愛する王だと聞いておりました。今回の暴挙がなぜ人を救うと? 狙いはセクレタリアトではないのですか?」

「セクレタリアトは落とす。次はインヴァー、そして我が国以外の人間の国は全て滅ぶのだ」


 王の淡々とした声色の中には、毅然とした信念がこもる。エルザは王の威圧感にも負けず、馬の体勢を整えいつでも攻撃できる状態を取る。


「己の国が覇権を取り、他国が滅ぶことが人を救うとは、笑止千万!」

「お前たちには分からぬだろう、私の選択の正しさが」


「そんなもの分かりたくもないっ! 兵を引く気がないのなら、いかに王と言えど許すことはできない! あなたを倒し、この無益な戦いを終わらせるっ!」


 グレースも攻撃体勢に入る。全員の意識が王へと向かう。


「来るがよい。お前たちの敗北は決まっているのだから」


 腰の剣を抜き構えを取るリファール王。エルザとヴァイスが馬に鞭を入れ、同時に駆け出す。

 ギルドマスター同士、初めて戦いを共にするとは思えない息の合ったタイミングで王を左右から挟み込む。


「はあっ!!」


 エルザの一閃は王の剣に止められるが、すぐにヴァイスが追撃を加える。

 しかし王は軽く後ろにステップし、悠々と避ける。


 ここまで死力を尽くしてきたとはいえ、二人の攻撃は決して軽くはないし、連携も目を見張るものがある。

 それでも何度攻撃しても王はまるで先が見えているかのように、やすやすと連撃を退けていく。


 前王の逝去により若くして王を継ぎ、国を治世してきたエクリプス・デュ・リファール。

 民のことを考え、政策を実現する実行力と統率力を持つ若き王の名は、グレースたち他の地域の者たちにも伝わっていた。


 しかしリファール王個人にあそこまでの武力があるという話は聞いたことがない。

 大都市のトップギルドのマスター二人を全く寄せ付けないとは、一体どういうことなのか……。


「ノアルっ、援護を!」

「はいっ! リュヒテン・ヴォン・ゼウス神の裁き!」


 ニットの上着を脱ぎ、ブラウスの前ボタンを途中まで開けた、際どい格好になったノアルが魔法を放つ。

 気配を察したエルザとヴァイスは手数を増やし、王をその場に釘付けにする。背後から雷の塊がバチバチと火花を散らしながら迫る。


「今よっ!」


 エルザの合図で二人は間一髪のタイミングで退く。王に避けるだけの時間はないはずだった。


「全ては決まっているのだ」


 王はその場から動くことなく、流れるような動きで地面に剣を突き刺す。ノアルが放った雷は剣に阻まれ、衝撃は地面へと逃がされていく。


 ほぼ無傷の王は剣を地面から抜き、高みから下すような声で告げる。


「お前たちの戦いがいかに無駄であるかを教えてやろう。私には未来が見えるのだ」

「そんなことがあるかっ!」


 魔法が効かなかったと見るや、すぐにヴァイスが切り掛かる。しかしまたしても王は軽々といなし、逆にヴァイスに痛撃を加える。


「ぐうっ……!」


 肩のあたりに深々と傷を負ったヴァイスがよろめく。


「この通りだ。次はそちらの女か」


 素早く王の背後に回り、下馬して音を消し、死角から攻撃しようとしていたエルザ。彼女の一撃を、王は振り返ることなく受け止め、腹部に強烈なキックを見舞う。


「かはっ……!」


 声にならない声を漏らしエルザは後方に倒れる。

 攻勢に出ていたはずが、瞬く間に二人が倒されるのをじりじりとした思いで見ているしかないグレース。


 未来が見える、そんなことがあり得るのか……? 

 しかし王の動きは一切の無駄がなく、単なる戦闘能力や反射神経を超えているのも確かだ。


「あいつの仮面だ、あれは俺様たちと同じ匂いがする」


 アロンの声にグレースは、はっとする。特殊な効果を持った武具か……! 


「その通りだ、アロンと言ったかな? 魔王殺しのナイフよ」

「アロンの声が聞こえているのか!? ではやはり……」


 王は自らの漆黒の鉄仮面を指差す。


「これは我が国に伝わる伝説の武具、バスティーユ。装備者に未来を見せる効果を持つのだ」

「そんなものが存在するのか……!?」

「とんでもないお仲間がいたものね。攻撃が当たらないわけよ」


 プルの呆れ声にモンドが続く。


「しかし、それだけの効果を持つということは、代償は大きいはずだ」


 その通りだ。アロンもプルもモンドも、強力な力を秘めているが、その分持ち主に課すデメリットも強烈なものだ。

 未来を見るなどといった荒唐無稽な効果に対して与えられるデメリットも、並大抵のものではないはず。


「疑問にお答えしよう。未来を見ることが効果であり、代償でもあるのだよ」

「どういうことだ!?」


 意味を掴みかねるグレースに、ノアルが反応する。


「未来は決して良いものだけではない、悪い未来も見えてしまえば人は生きる意味を失いかねない……」

「理解が早くて助かる。かつてこれを装備した我が祖先は全てが見えてしまうことに絶望し、自ら命を絶った。それ以来、宝物庫で厳重に封印されていたのだ」

「そんなおっかないものをよく装備したもんだぜ……」


 アロンの呟きに王は、毅然とした態度を崩さず言う。


「我が国のため、魔王に対抗するにはこれしかなかったのだ。魔王が我が国の近くで復活したことを知った私は、来たる戦いに備え、宝物庫で眠っていたこの伝説の武具の封印を解いた」

「しかしそれならなぜ魔族と手を組むことを選んだ? 魔王と戦う覚悟があったのだろう!?」


 グレースの本心からの叫びに、今度は苛立ちが混じった様子で王が返す。


「何度も言わせるな。人間を救うためだ」

「どうしてそうなる!」

「分からぬか、お前たちこそが人を滅ぼそうとしているのだ」

「なにっ!?」


 王はわずかに震える手を押さえつけるように握り直す。


「この鉄仮面は装備者に未来を見せる。私は見たのだ、魔族に人間が滅ぼされる未来を」

「そんなっ……」


 王の言葉に、ファインが悲鳴に似た声を上げる。


「私は絶望した。戦ったところで我が国は敗れ、それだけでなく世界は魔族に侵略される。しかしその絶望が私に新たな未来を見せたのだ」

「それが魔族と手を組むことだと言うのか!?」


「そうだ。恭順を示すと、魔王は我が国だけは残してくれると約束した。未来のビジョンは変わり、確かにリファール国だけはこの先も生き残ることが分かった」


 王は苛立ちも、怒りも、悲しみも飲み込んだといった空気を発する。


「自分たちだけが助かればそれでいいの!?」


 ファインの糾弾にも、もはや王は動じない。


「分かっていないな娘よ。魔族と戦えば人間全てが滅ぶのだぞ。我が国、民だけでも生き残ることが人間を救う唯一の道なのだ」

「そんな理屈……到底受け入れられません」

「分かってもらおうとは思わぬ。玉砕の道を選ぶお前たちと、人間の未来を守ろうとする私では見えているものが違う」


 ノアルの拒絶も王には届かない。


「未来は決められたものではない! 己の手で掴み取るものだ!」

「この鉄仮面のビジョンは絶対だ。私と戦っているお前たちが肌で体感しているだろう?」


 確かに王が未来を見ることができるというのは本当なのかもしれない。あの身のこなし、そして言葉の節々から漏れ出る覚悟がその証だ。


 魔王に降ることだけが人を救う……そんな未来が確定しているとしたら、王の行いこそが正しく、それを阻もうとする自分たちの方が間違っているのか……?

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