グレースはその場で両腕を大きく広げ、回転を始める。すさまじい速さで回転するグレースが作り出した土煙がぶわりと舞い上がる。
風の渦を纏ったグレースは魔族の集団へと突っ込んでいく。
「ブラキアリス・タイフーン!!」
グレースの近くにいた敵集団が木の葉のように宙を舞い、距離があった者さえも風圧で吹き飛び、ドミノ倒しのように大きく陣形が崩れる。
魔族たちの悲鳴を聞きながら、グレースはすぐに逃げの体勢に入る。
振り向くと、ノアルが作った道はエルザたちによりすでに固められ、左右からの攻撃を防ぎつつ、前線を押し上げている。
「エルザっ、すぐに戻るっ! なんとしてもここを抜けるぞ!!」
「分かっているわ! さあ、これを!」
後方に走り去っていくグレースに、エルザが馬の手綱を差し出す。さきほど下馬した馬の手綱を、走りながらなんとか手にする。
「助かるっ!」
手綱を引かれた馬は猛然と走るグレースと並走する。タイミングを合わせて馬の背に飛び乗り、一気にスピードを上げる。
賢くていい馬だ。いくらグレースの足が早いと言っても馬には到底かなわない。
これまでもこのような形で逃げることも考えはしたが、タイミングがシビアすぎるし、それに応えられるだけの馬にも巡り合えなかった。
これまで以上に一刻も早く戻る必要があるこの戦いで、初めて馬での逃走が成功したことは大きい。
しかし……いったいどこまで逃げてしまうのだろうか。直接攻撃を加えたのは最前線の敵だったが、今は周囲全てが敵と言っても過言ではない。
最悪、最後尾まで戻ってしまうことも想定に入れなくてはならない。そうなると、果たしてエルザたちが戦線を突破したとしても、王の討伐に間に合うかどうか……。
「考えても仕方がない、やあっ!」
グレースは手綱をしごき、馬のスピードを限界まで引き出す。
「あいつを逃がすなっ! 魔王殺しを狙えっ!!」
周囲から魔族たちの声が飛んでくる。300の兵で突入したセクレタリアト軍の後方は左右からの挟撃を受け、グレースを援護する余力もない。
「弓兵、撃てぃっ!」
グレース目掛けて多数の弓矢が放たれる。アロンしか装備できないグレースに、それら全てを防ぐ術はない。
「くっ……!」
頭を低くし、最低限のダメージで突っ切ることを選択したグレース。一本や二本の矢は受けてやるっ……!
「
グレースが矢傷を覚悟した時、緑色のオーラに包まれる。飛翔してきた矢は壁にぶつかったように静止し、ぼとぼとと地面に落ちていく。
「ニーナ!」
ギルド・アジャースカイの女魔導士ニーナがかけた補助魔法の効果だった。
インリアリティ戦の後も和解できなかったニーナだったが、今は恥ずかしそうに少し目線を逸らしつつ腕を突き上げている。
「死ぬんじゃないよ、グレース!」
「ありがとう、必ずまた会おう!」
ニーナに叫び返し走るグレースに、次々と敵が群がってくる。今度は左方からリファール王国の兵たちが壁を作る。
「やめろっ! お前たちは何故こんなことを!」
「王の命令に勝るものはない!」
魔族との共闘に心から納得は出来ていない様子の王国兵だが、やすやすと引くほど甘い覚悟でここに来ていないのは敵とて同じだった。
「させっかよ、馬鹿野郎どもがっ!」
両手に持った盾を振り回して王国兵を吹き飛ばしたのは、アレクスだった。
「いけっグレース! さっさと戻れよ!」
「ああ、死ぬなよアレクス!」
アレクスは盾同士をガンと鳴らして返事替わりをする。
みなが体を張って俺を逃がしてくれている。早く、早く戻らなくてはっ……!
味方の援護もあり、なんとか突入地点まで帰ってきたグレース。結局ここまで来てしまった。
やはり自分が攻撃した者だけでなく、軍としてこの相手すべてを敵として認識しているようだ。
最後の敵を抜けたグレースは、なおも体が戦場から離れようとするのを抑えられないでいた。
しばらく無人の平野を駆けると、ふっと体が軽くなる。やっと逃げが完了した証だ。
グレースは馬を反転させ、来た道を戻る。実際はわずかな時間だったが、グレースにとっては永遠に近い長さに感じられた。
そして戦場へと戻ったグレースは愕然とする。
「そんな……くそおおおぉぉ!」
作戦ではグレースが戻るための道を、セクレタリアト軍が死守することとなっていた。
しかし既に突入口は敵で閉ざされ、包囲による殲滅戦が中では始まっていた。
今すぐに助けに入りたい、しかし、また一度攻撃してしまえば元の木阿弥だ。
俺が戻るのが遅かったから……最前線のファイン、ノアル、エルザやしんがりを務めるアレクス、ニーナはもう撤退もできない。
己の不甲斐なさに打ちのめされ、頭が真っ白になりかけるグレース。
ドドド ドドド
「なんだ!?」
後方のセクレタリアトがある方向から、何者かの集団が近づいてくる気配がする。
目を凝らすと騎馬隊が猛然とこちらに駆けてくるのが分かる。
まさかリファール王国の援軍か……!? しかし後ろから来るのはいくらなんでもおかしい……。