「エルザ! リファール王国の様子は!?」
「来てくれたのねグレース!」
インヴァーからの帰途についていたグレースたちは、セクレタリアトへと戻る道中でリファール王国侵攻の報を受け、馬車を飛ばしてホームへと急行していた。
休む間もなくギルド・アジャースカイの拠点へと駆け込むと、エルザを中心に主要メンバーが揃っている。
みな一様に苦渋に満ちた表情を浮かべている。
「私たちは危機的状況にあるわ。王国軍は3,000を超えるそうよ……」
「3,000!? そんな規模の軍を興す力を持っていたのか!?」
「正確には王国軍は2,000ほど、残りの1,000は、魔族たちよ」
「どういうこと!?」
ファインをはじめグレースとノアルに動揺が走る。
「報告によると王国軍は魔族と戦うことなく、一緒にこちらに進軍しているそうよ……」
「まさか、人間と魔族が手を組んだとでも?」
「その、まさか、が起きているんだよ」
重厚な鎧姿のタンクであるアレクスが、苦々しく言葉を投げる。
「第三の魔王は伝承通り、王国の北で復活したようなの。でも王国との戦いにはならなかった。手を組んだとみて間違いないでしょう。使者を送ったけど、門前払いされたわ」
エルザの額には汗が滲む。事態の異常さにグレースたちも言葉を失う。アロンがグレースたちにしか聞こえない声で嘆く。
「なんてこった……この世の終わりだぜ」
「わたくしも今回ばかりはワクワクするなんて言えないわね」
初めて弱気とも取れる発言をするプルの様子が、事態の重さを物語る。
「こちらの数は?」
人間たちの沈黙をグレースが破る。危機が迫っている以上、防戦するしかない……!
「インリアリティの戦いから、アジャースカイは100人規模まで仲間を増やしたわ。他のギルドを入れてセクレタリアトから出られる数は300といったところね……」
「3,000に対して300……あまりに戦力差がありますね」
新顔のノアルにエルザは視線を向けるが、今は自己紹介をしている時間もない。
「寡兵が大軍を相手に勝機を得るには、あれしかない、そうだろエルザ」
「敵の頭を取る。私たちがピンチの時にいつもやっていた戦術ね」
アジャースカイにいた頃、自分たちより多くの数のモンスターを相手にする場面は多々あった。
しかし、せいぜい20対100といった規模であり、今回はあまりにも敵の数が多い。
「私たちも戦うならそれしかないという結論に至ったわ。一つ吉報があるとすれば、向こうはリファール王みずから指揮をとっていることよ」
「王様はなんでそんなことをするの……?」
ファインの疑問はもっともだが、それに答えられるものはこの場にいない。
「勝算は限りなく低いわ。私たちの希望はあなたたちよ。第一、第二の魔王を倒したパーティーの力を貸してくれる?」
「当たり前だ。そのために戻った」
グレースは毅然とした態度でみなに聞こえる声で言う。ファインとノアルも覚悟を決めた顔で頷く。
「アロン、四の五の言ってる場合じゃなくってよ」
「分かってるさ、俺様だってここで水を差すほど馬鹿じゃない」
「良き覚悟だ、見直したぞ」
三つの武具たちも意志は一つだ。
グレースに刺すような視線を送ってから、アレクスが言う。
「俺たちが突破口を開く。最後はお前に託す。しくじるんじゃねえぞ」
アレクスは以前のように敵対心をむき出しにした様子ではなく、かつての仲間を信じる目をしている。魔王を連続して倒したグレースたちを認めないものは、もはや誰もいない。
「任せてくれ。必ず、王は止める。魔王の方はどうだ?」
「それが、魔王らしき姿は確認できていないの。魔族たちに紛れている可能性もなくはないけど、力のある偵察者でも発見できなかった」
インリアリティもジェネラスも一目で他の魔族やモンスターとは異質なことがすぐに分かったことからも、次の魔王も見逃すとは考えにくい。
魔王不在のまま侵攻というのが懸念材料だが、まずは軍勢を止めなくては話にならない。
「時は一刻を争うわ。すぐに出陣します。厳しい戦いになることは否定しません。ですがこれはセクレタリアトだけの問題ではありません。私たちの世界の存亡をかけた戦いです」
エルザの言う通り、王国と魔族の共同戦線による侵攻がセクレタリアトだけに留まるとは思えない。
目的は不明ではあるが、他の地域、世界も危機に晒される可能性は高いだろう。
「絶対にここで食い止めます。私たちには心強い味方がいます。魔王殺しのパーティー、グレースたちと共に敵を打ち破ります!」
力強いエルザの宣言に大きな歓声が沸く。アロンを手にして戦いから逃げるようになったグレースを、冷ややかな目で見ていたアジャースカイの一部メンバーたちも、今やかつての仲間を歓迎する眼差しに変わっている。
アジャースカイの主要メンバーでインリアリティ戦でも最後までエルザと奮闘した、アレクスと魔導士ニーナがグレースに歩み寄り、頭を下げる。
「その、俺が悪かった。お前の事情はエルザから聞いた。酷い態度をとったこと、詫びさせてくれ」
「私も感情的になりすぎたわ。ごめんなさい。また一緒に戦ってくれることに感謝してる」
「いいんだ。迷惑をかけたのは事実だ。こうして受け入れたことに俺の方こそ、ありがとう」
固く握手を交わす三人。そんな様子を見てファインがつぶやく。
「良かった。グレースはずっと気に病んでいたから。ほんとに、良かった」
「詳しい事情は存じませんが、それはファインさんが彼を支えてきたから成し得たことでもあると思いますよ」
ノアルがファインの肩に手をやり、優しく語りかける。ファインは一瞬、寂しげな表情を浮かべたようにも見えたが、すぐに満面の笑みを見せる。
「うん! ノアルもだよ。私たちは魔王を倒した。今回も逃げない!」
「よく言ったわ、ファイン。わたくしの調子も絶好調よ」
プルがキラリと光を放つ。グレースがファインとノアルに向けて言う。
「なんとしても敵を止めるぞ。みんなの力、俺に貸してくれ!」
「俺様に続けぇ!」
アロンの号令と共に、グレースたちパーティーもアジャースカイと共に戦場へと出立した。