「我らが街、インヴァーを救いし英雄に乾杯!」
魔王ジェネラスを打倒した討伐隊が帰還した夜、盛大な宴が催されていた。
数百人を超える人々が街の広場や道を埋めつくし、夜でも暑いインヴァーの街はむんむんとした熱気を帯びている。
皆の前で乾杯の合図をしたヴァイスは、グレースと同じような上裸にマントで短パン姿になっている。
そもそも薄着だったインヴァーの人々だったが、魔王を倒したグレースにならい、同じような恰好をした男たちで溢れている。
「筋肉の宴、これもまた一興ね」
「あんな恰好、グレースだけでお腹いっぱいだよ」
ファインは冷えたジュースを片手にプルを撫でる。
「今日もありがとう、プルちゃん。貴女のおかげで街を救えたよ」
「あなたもだいぶわたくしの相棒らしくなってきたわ。グレースの役に立ててよかったわね」
からかうような口調で言うプルにファインは耳を赤くする。
「もう、そんなんじゃないんだからっ! でも、ちょっとは私のことも意識してくれたかな……?」
ファインから熱い視線を送られる当のグレースは、男たちと酒を酌み交わし、筋肉談義に花を咲かせている。
ときおり水着に近い恰好の女性たちが周りを囲むこともあり、ファインは頬を膨らます。
「楽しんでいますか? ファイン」
ボディラインが丸わかりの、ぴちっとした白のワンピースに着替えたノアルがグラスを傾ける。
「わぁ! 可愛い!」
「ありがとう。今は戦いから離れているから、着替えてみたの」
「大人の女性って感じで憧れる~」
「ファインも素敵よ。でも、せっかくのパーティだから、これは取ってもいいんじゃないかしら?」
ノアルはファインが巻いているレースのストールを、優しく巻き取る。薄い青緑のノンスリーブワンピースだけになったファインの華奢な肩が露わになる。
「ちょ、ちょっとノアルってば!」
「うふふふ、似合うわよ」
ノアルはグラスいっぱいに注がれた飲み物を一気に飲み干す。ピンク色の髪に合わせるように、頬も桃色に染まっていく。
「あ~美味しい! ファインもいかが?」
「ひょっとしてノアル、酔っぱらってるの?」
「そんなことないれすよ。うふふふ」
怪しい呂律でニコニコと笑い続けるノアル。おっとりした彼女が見せた新しい一面にファインも笑ってしまう。
「酔っ払いは自分は酔ってないって言うんですよ!」
「まあまあファインちゃん。可愛い子ですね~」
ファインの頭を撫でて、自分の胸に顔を
「苦しいよお、ノアルっ!」
ノアルの胸の中でじたばたとするファイン。そんなやりとりを見て、モンドは一人つぶやく。
「まるで羞恥心を感じぬ。力が出ぬぞ……」
「貴方も大変ですこと」
プルに同情されるモンドは苦しそうだ。ノアルの圧迫から逃れたファインはグレースに駆け寄る。
「グレース! 助けてよ~、ノアルがおかしいの!」
「今ぐらい羽目を外してもいいだろう。二人とも、プルもモンドも、よく頑張ってくれた」
それぞれに乾杯をするグレース。見たこともないサイズのジョッキになみなみと入った麦色の酒を、豪快に喉に流し込んでいく。
「さすが英雄! 飲みっぷりも違うねぇ!」
聴衆がどっと笑いに包まれる。そこにヴァイスが登場し、場は更に盛り上がっていく。
「では私と勝負といきませんか?」
ヴァイスがグレースの肩に手をやり、二人はにやりと笑う。
「この戦い、逃げるわけにはいかないな」
腰のアロンに向けてグレースは呟く。
「勝手にしてくれ~。俺様はかわいこちゃん達が見られればそれでいいさ」
さすがに飲み対決にまでアロンの逃げる効果は発動しないようで、グレースは笑みを浮かべてヴァイスとの勝負に臨む。
仲間たちと飲む勝利の美酒。みなに出会う前、ギルド・アジャースカイにいたころ幾度となく経験した至福の時。
戦いから逃げるようになり、ギルドを離れる決断をした時には、もう二度と味わえないかもしれないと思った。
あの頃はアロンを恨まなかったと言えば嘘になるが、今となってはこれ以上なく頼りになる存在になりつつある。
アロンは冗談めかして運命と言ったが、かけがえのない仲間達と出会い、こうして喜びを分かち合えるのは必然だったのかもしれない。
エルザ、君は今どうしているだろうか。仲たがいをしたわけではないが、結果的に袂を分かつ形となったかつての仲間をグレースは思い返していた。
「グレース、グレース! 私のことも見て! ちょっと~、聞いてる!?」
甘ったるいファインの声でグレースは意識を戻す。ファインは懸命に背伸びをして、グレースの顔に近づこうとしている。ほのかに酒の匂いと、甘い香水の香りがする。
「ファインも酔っぱらったのか?」
「酔ってませ~ん。グレース、私頑張ったんだよ。ほんとは怖くて怖くてたまらなかった。でも、でも……」
上目遣いでグレースを見上げるファイン。目は潤み、耳も頬も赤い。酒が入ったせいか、いつもより大人びて見えるファインに、グレースは思わず胸の高まりを感じる。
「分かってるよ、ファイン。本当に感謝している。よく頑張ったな」
ファインの頭を優しく撫でると、気持ちよさそうに目をつむる。まるで小動物のような仕草に、今度はまた違う感情がグレースに湧く。
「うふふふ。青春、ね」
二人のそばで様子を見ていたノアルが、ふらふらしながら呟く。
盛大な宴は深夜にまでおよび、笑顔と歓声がいつまでも街を包んだ。
―――――
「リファール王国が、大規模な軍を興したとの報告がっ!!」
「なんですって!」
城塞都市セクレタリアト。グレースの古巣であるギルド・アジャースカイに一報がもたらされたのは、インヴァーで第二の魔王が討伐された数日後だった。
ギルドマスターのエルザは、すぐさま地図を確認する。
地図の真ん中にはセクレタリアト、南にインヴァーが記されており、二つの街は自治権をもった、小さな国のようなものだ。
リファール王国はセクレタリアトの北部に位置し、いくつかの都市を傘下に収めている。
「第二の魔王はグレースたちが倒したと聞いています。まさかリファール王国に第三の魔王が出たの!?」
「い、いえ、それが……軍は南下の準備をしているとのことですっ……!」
「!? 間違いないのね!?」
「は、はい!」
リファール王国の南部には平野が広がり、魔王復活の兆しがあればセクレタリアトからでも察知できるはずだ。
それに、伝承ではリファール王国のさらに北部の不毛地帯に魔王の足跡が残っているはずだった。
北部に侵攻するならともなく、こちらに向かっているのは明らかに動きがおかしい。
「まさか……狙いはセクレタリアトなの……?」
エルザは最悪の事態を思い描いていた。