現れたモンスターのあまりの異様さに、グレースですらたじろぐ。
一つ一つが1メートル以上はある数十もの節がギチギチと連なり、節の左右についた脚のような突起物がうねうねと蠢く。
かなりの高さがある広間の天井まで伸びた体はとぐろを巻き、全長は数十メートルに及ぶだろう。
巨大な
人型の部分の身長は成人男性程度だが、両腕の長さは人間の倍はあり、指がカギ爪のように細く尖っている。
グレーのぬめぬめした質感を伴う皮膚、縦に長い頭に頭髪はなく、瞳のない赤い目は先の魔王インリアリティを彷彿とさせる。
「気持ち悪いっ……!」
ファインのストレートな表現が全てを物語る。人に嫌悪感を抱かせる要素を詰め込んだかのような形状、そして何よりあふれ出る死臭が吐き気をもよおす。
「お前の仕業か!?」
倒れていく仲間を横目にヴァイスが叫ぶ。
「いかにも。ここに来るまでにワシの部下と戦っただろう。ワシらは毒を使う。致命傷を負わなかった者達も、毒が回ってきたということよ」
「遅効性の毒か……! 趣味の悪いことをっ!」
怪物の声は老人のようにしゃがれており、ヴァイスの怒声に下卑た笑いを返す。
「貴様らはエサよ。食べ物は新鮮なほうがいい。人間だって同じだろう?」
かすり傷を負っていた者たちが次々と倒れていき、まともに動ける討伐隊は20名程度まで減っている。
グレースたちはプルのおかげで誰も怪我をしておらず、毒の影響も受けていない。
「お前が魔王か!?」
怒気をはらんだグレースの声に、怪物は上から見下ろす。
「左様、ワシは魔王ジェネラス。魔界に
ジェネラスと名乗った魔王は、先が二股に分かれた舌をチロチロと出す。
魔王が出てきた床の近くにいつの間にか立っていた青白い肌の男が、頭上のジェネラスに向かって言う。
「あやつらがインリアリティ様を倒した戦士グレースとその仲間たちです」
ノアルと初めて冒険に出た際の、魔獣との戦いを森の奥から観察していた魔族だった。
「カカカ、こんなただの人間に敗れたというのかインリアリティめ。魔王の風上にも置けぬ。やはり魔界を統べるのはこの蟲王様しかあるまい!」
クネクネと体の節を左右にくねらせてジェネラスはほくそ笑む。
「あえて聞くが、どうしても人間を滅ぼすというのだな? 共存の道はないのか!?」
「共存? おかしなことを言う。虫ケラと共に生きろと? 貴様ら人間はワシたちのエサじゃ、大人しく喰われろ」
グレースの問いにケタケタと笑って返すジェネラスに、ファインが反応する。
「虫が虫ケラって、変なの……」
「面白いことを言うわね、さすがわたくしの相棒よ」
「ファインって天然だよな、グレース。俺様はあんな気持ち悪い奴、相手にしたくないぜ……」
「どちらも同感だ。しかし、やるしかあるまい」
グレースたちが臨戦態勢に入ると同時に、一人の戦士が高く飛び上がり、ジェネラスの人型部分に切りかかる。薄闇の中でも光を失わない金色の髪をした戦士、ヴァイスだった。
「魔王、覚悟っ!!」
キインッ、甲高い音が響く。ヴァイスの一閃はジェネラスの長い指に阻まれる。そしてすぐさまもう片方の腕でヴァイスを叩き落とす。
「ぐっ……」
なんとか着地をしたヴァイスだが、銅色の鎧には大きく爪痕が残り、そこから金属が腐食していく。
地上でも討伐隊による攻撃が開始されているが、ジェネラスの体の節は鋼のように固く、斬撃も魔法もダメージを与えられていない。
「無駄よ、無駄。エサはエサらしくふるまえ」
ジェネラスの尾にあたる部分が討伐隊の一人に迫る。尾の先が大きく口状に開き、ねちょねちょした液体がしたたる。
「やめっ、うわわあああぁぁぁ……!!」
頭から足まですっぽりと呑み込まれた犠牲者の悲痛な声がこだまする。
「貴様あぁぁ!!」
ヴァイスは尾に攻撃を仕掛けるが、振り回された尾によって吹き飛ばされてしまう。
「まずい、俺たちも戦うぞ!」
「う、うん……気持ちを強く持つ、強く持つ……」
グレースの一声にファインとノアルが身構える。
「アロン、今回も逃げられなさそうか?」
「そんなの分かんねえよ、インリアリティの時か、それ以上のプレッシャーは感じるけど……」
「やってみなくては分からんということか、仕方ないっ!」
「待て待てグレース、まだ心の準備が……」
「まずは俺が一撃を入れるっ!!」
もしインリアリティの時と違い、逃げることができてしまう場合、決定打にかける戦いを強いられる恐れが高いが、今は考えてもしょうがない。
グレースはジェネラスに猛然と突進していく。ジェネラスの尾がぱっくりと口を開けグレースに迫る。
内部におびただしい数の歯が見え、ダラダラと溶解液と思われる液体が流れる。
ギリギリまで引き付けて抜群の身体能力でジェネラスの尾を交わすグレース。尾が通った後の風圧を肌に感じる。
このまま奴の体に一撃を入れるのは容易だが、はやり天井近くにある人型の方を攻撃するのが最善だろう。
ヴァイスがそうしたように、長年の実戦経験からグレースは敵の弱点を推察する。
グレースが跳躍のため足の筋肉を膨張させたタイミングで、ファインの声が響く。
「闇を司る神、その御身の一端で敵を翻弄せん!
ジェネラスの本体と思しき人型の部分を暗闇が覆っていく。攻撃魔法こそ使えないファインだが、こうした補助系魔法はいくつか習得しており、煙幕の役目を果たす。
「はあああぁぁぁっっ、爆砕拳っっっ!!」
青いオーラを纏ったグレースの拳が闇を切り裂きジェネラスの髪のない頭部に迫る。
しかし、ジェネラスは首を90度以上折り曲げるという、人間ではありえない動きをして拳をかわす。
「闇に生きる魔族にとって、こんなものなんの目くらましにもならんわ」
「からのっ、爆砕脚ぅぅ!!」
「なにぃ!?」
グレースは右ストレートを放ったままの勢いで体を捻り、空中で右のミドルキックを叩き込む。鍛え抜かれた足から繰り出されたキックは、ジェネラスの腹部にめり込み、みしみしと音を立てる。
綺麗に着地をしたグレースはすぐさま逃走の体勢に入る。
「いったん引くぞ!」
ジェネラスは口から体液を吐き出したものの、さしたるダメージは受けていない様子でグレースを尾で追撃する。
「よくもワシに痛みを与えてくれたな……! 楽には死なさぬぞ!!」
ゴウっと空気を切り裂き何度もグレースを襲うジェネラスの尾。それを左右のステップとジャンプを繰り返して逃げながらかわすグレース。
広間の入口まで走った時、見えない何かにぶつかり、それ以上足が進まなくなる。
「カカカ、逃げようとも無駄よ。知らなかったのか? 魔王からは」
「逃げられない、だろう? 礼を言う!」