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第20話 力の代償

 ファインが森の奥を見つめる。グレースとノアルには何の異変も感じられないが、耳をすますとかすかに音と振動が伝わって来ることに気づく。


 ズン。ズン。ズン。巨大な何かが近づいてくる足音と、大地から伝わる振動がどんどん大きくなっていく。

 臨戦態勢に入る一同が見据える先に巨大なシルエットが映る。


「グオオオオォォォォ!!」


 木をなぎ倒して現れたのは巨体を誇る魔獣。巨大な頭部は黄金のたてがみに覆われ、人間を丸飲みできるであろう大きな口には凶悪な牙が並ぶ。緑色に発光する瞳のない目が獲物を求めギラギラと光る。


 頭部は他にも二つ付いており、左右の頭はそれぞれ二本の太い角が生えたヤギのような形状をしている。

 草食性のヤギと明らかに異なるのは、真ん中の頭同様に、鋭い牙が並んでいることだ。

 尻尾は蛇になっており、チロチロと舌を出し、獲物であるグレースたちを威嚇している。


「なんであんな化物が街の近くにいるんだ……!?」


 グレースが疑問に思うのも当然だ。高難度ダンジョンのボスレベルの魔獣が、こんな普通の森にいるのは明らかにおかしい。


 しかし現にそこに魔獣は存在し、太い前足で地面を掻き込み今にもこちらに飛び掛からんとしている。

 果たして一撃で奴を倒せるだろうか、グレースの思考はその一点に注がれる。


 敵はその巨体を支える強靭な筋肉で全身を覆っており、打撃でどこまでダメージが通るか分からない。

 インリアリティを葬ったアロンの覚醒があれば勝機はあるが……。


 グレースの考えがまとまる前に、魔獣が動き出す。一歩、二歩とゆっくりと近づいたかと思うと、一気に加速し、三人に向けて猛然と走り出す。


 攻撃か防御か、二択を迫られるグレースは反応が一つ遅れる。まずいと思った時、ファインがその身を魔獣へと晒す。


「グレース、あたなは力を溜めてっ! ここは私が止めるっ!」

「いい気概よファイン。たぎるわっ!」


 魔獣は後足の筋肉を収縮させ、ファインへと突進してくる。両前腕に付いた、肉をやすやすと切り裂く鋭い爪がファインに迫る。


 普通ならズタズタにされていたであろう攻撃だったが、魔獣の突撃はプルによって固く受け止められる。以前よりも明らかに防御範囲が広がっているのがファインには分かる。


 獲物の思わぬ反応に戸惑いを見せる魔獣だが、一度ファインから距離を取ると、その巨体からは考えられないスピードで左右に跳躍し、再びファインへと襲いかかる。


「んんんっ……!」


 魔獣の猛攻にギリギリで反応するファイン。一撃一撃も重いが、なにより魔獣の身のこなしがすがるく、なんとか防いでいるという形になってしまう。


「アロンっ! 魔王を倒したお前の力をまた貸してくれっ!」


 グレースは一撃に賭ける決意を固める。敵は巨体で動きも早い。しかしインリアリティを倒したアロンの力があれば切り伏せることも可能だろう。


「ん、ん〜……あの時は逃げられなかったから、偶然いけた気が……正直自信ねぇよ」

「ぐだくだ言わずに、気合をいれろっ!! はあああぁぁぁ!!」


 青白いオーラがグレースの全身を満たしていく。すさまじい闘気に、ファインを襲っている魔獣もグレースに意識が向く。

 しかし、グレースのオーラはいつまでも本人の周囲から動かず、アロンには伝わらない。


「駄目だ……あの時みたく力が湧いてこねぇ……」

「俺の拳じゃあいつを一撃で倒せるか分からんっ! アロン、覚悟を持てっ!」

「そう言われても、俺様なりに頑張ってるんだけど、な……」


 あの時が奇跡だったというのか……!? 俺の拳に全てを乗せるしかないのか。せめて奴の動きが止まればチャンスはあるかもしれないが……。


「私が敵の動きを止めますっ! ファインさん、時間を稼げますか?」


 グレースとアロンのやりとりを見ていたノアルが叫ぶ。


「う、うん、プルちゃん、いけるねっ!?」

「獣は好きじゃないのよね。早くしてくださる?」

「少しの間、時間をください!」


 そう言うと、ノアルはなぜか杖を地面に置き、メッシュのニットを脱ぎ始める。

 両手を前でクロスさせ、下の方から上着をたくし上げる。途中で豊かな胸がつっかかるが、勢いよく上着を上げると白いブラウスごとブルンと揺れる。


 魔獣は攻撃してこないグレースを無視し、再びファインを獲物と認識し、四股で大地を蹴って猛然と襲いかかってくる。


「ファイン、プル、頼むっ!」


 グレースは力を溜めつつ、後方で待機する。横目で見たノアルは上は長袖の白いブラウス姿になっており、今度は黒のタイツに手をかけ出す。


「もうちょっと、もうちょっとだけ……」


 なにやらブツブツ呟きながら、服を脱いでいくノアル。一体何をしているんだ? 俺のように、動きやすいようにということなのだろうか。

 グレースは混乱するが、ここは彼女を信じるしかない。


「ガウウウウゥゥゥ!!」


 恐ろしい咆哮を轟かせてから、魔獣は後方に飛びのき、口を大きく開ける。喉の奥に火が灯り、口の中が火炎で満たさせていく。


「炎が来るぞっ、気を付けろっ!」

「怖い……けど、プルちゃんがいれば私は戦えるっ!」

「いいわよファイン、その調子で気持ちを強く持ちなさい!」


 ゴオオオオオ! ドラゴンの炎にも決して劣らない熱線が魔獣の口から放たれる。

 ファインは炎に吞まれるかに見えたが、見えない壁に遮られるようにして炎は寸前で四散する。

 しかし魔獣はなおも炎を吐き続け、その勢いは次第に増していく。


「まだなの貴女!」


 プルの叫びが後ろのノアルに向けられる。


「グレースさん、私の方を見てください……!」


 グレースの目にタイツを脱ぎ生足になったノアルが映る。スカートの丈は短く、タイツを履いているから隠れていたが、それがない今は動くと下着が見えそうな露出だ。

 彼女は手を頬に当て、顔を赤らめる。


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