「ねぇグレース、暑いわね」
「ああ。ここはセクレタリアトより気温がだいぶ高いからな」
太陽が天高く昇り、強い日差しが照りつける。湿り気のある空気が体感温度をより高めている。
二人がホームとしていた城塞都市セクレタリアトから遥か南。グレースが各地の伝承を調べたところ、大陸の中央部に位置するセクレタリアト以外に南北の地域で、魔王に関する言い伝えが残っていることが分かっていた。
更に南部の熱帯地域ではこのところ、モンスターの活動がやや活発化しているとの情報もあり、二人はまずは南部最大の都市インヴァーへと入っていた。
「にしても、よ、グレース。その格好、なんとかならないの……?」
グレースは上半身が裸でブラウンのマントを羽織っており、布製の黒いショートパンツを履いている。
ショートパンツの下はおそらく、ふんどしだろう。
「ん? この国じゃあ、この格好の方が普通だぞ」
確かに街行く人々はみな薄着で、男はグレースと同じく半裸ばかりだし、女性も水着か下着か分からないような布面積が極端に少ない服装をしている。
「ファインだって、いつもより薄着じゃないか」
涼しげな薄い青緑のノンスリーブワンピースに、レースのストールを巻いているファイン。布のベルトが腰で可愛らしくリボン結びされている。
足元も普段の皮のブーツでなく、動きやすく通気性の高い靴を履いている。
ファインとしてはこれまでこのような恰好をしたことがなかったので、ドキドキしてしまう。暑さと相待って汗が首筋を辿っていく。
「変かな……?」
「そんなことない、似合ってるぞ」
グレースの言葉にファインの口角が上がる。
「そう? ならいいんだけど。まあ、あなたも似合ってはいるけど……」
先ほどからすれ違う人間が男女問わず、グレースを二度見し熱い視線を送っているのをファインは見逃していなかった。
膨れ上がった大胸筋、六つに割れた腹筋、マントがチラチラと被る逞しい腕、歩を進める度に収縮する足の筋肉。
至高の彫刻が闊歩しているかのようなグレースの歩みは、性別を問わず視線を集めるのは当然だった。
ファインは気恥ずかしさを覚えながらも、グレースの横をちょこちょこと付いていく。
軒に連なる露店では見たこともない果実や、何の動物か分からない干し肉などが並べられ、それらの匂いが混じりなんとも言えない空気を作り出している。
「あったわ、ここがこの街のギルド組合ね」
二人が最初の目的地としたのはインヴァーのギルド組合だった。情報収集の意図もあるが、二人はここで一つの目的を達しようとしていた。
「セクレタリアトのギルド、アジャースカイから紹介を受けたグレース・ファンデンブルグだ」
グレースは窓口の女性にエルザから預かった紹介状を渡す。
「貴方がファンデンブルグ様ですね。お話は聞いております。魔王を討伐した勇者様ご一行、お待ちしておりました」
「うっひょ~、勇者様ご一行! いい響きだね、これは」
アロンの声が自分たちにしか聞こえないことが今は有難い。
「そんな、大げさだよ。頼んでおいた件はいかがかな?」
「はい、ご希望に沿ってこちらでも選考を行い、条件に合う冒険者を何人かピックアップしております」
「ありがとう。できるだけ早くお会いしたいのだが、皆さんの都合は?」
「本日お着きだと伺っておりましたので全員こちらに集まっております。すぐにお会いになられますか?」
「ああ、頼む」
グレースとファインは奥の部屋へと通される。
「どんな人がいるかな、グレース!」
「よい出会いがあるといいんだが」
今回の最大の目的はパーティメンバーの拡充だ。ここに来るまでに二人で話をした結果、きたるべく魔王との戦いには戦力増強が必須だという意見で一致していた。
アロンのパワーアップに、ファインとプルの連携による防御と攻撃。確かに二人での戦いに慣れてきてはいるが、なにぶん「逃げる」「逃げられない」という圧倒的に不利な効果が消えたわけではない。
「ベストな条件は、多数の敵を相手にできる力を持つことだ。俺は基本的に一度しか攻撃できないし、ファインは守りとカウンタータイプだからな」
「そうね、たくさんの敵が出てきた場合、私たちだけじゃ対処しきれなくなるわね」
「俺様は可愛い子がいいなぁ~」
「知的な殿方が足りないんじゃないかしら?」
「アロンとプルはちょっと黙っててもらえるか」
応接室で待つ間、改めて新メンバー像を共有する。
「俺がタンク役を果たせないことを鑑みて、重戦士タイプも候補には上がるが、やはり攻撃型の魔導士がベストだろう」
「できれば回復魔法も使えるとありがたいわ。グレースは生傷が絶えないから……」
上裸のグレースの肉体に刻まれた傷跡をちらりと見て、ファインは頬を赤らめる。
「攻撃も回復も両方使える人材なんてそう都合よくいるもんか?」
アロンの言うことももっともだ。それは望み過ぎかもしれない。
「あとは、動きが素早い格闘家とかはどう?」
「筋肉系はもう十分だって言ってるでしょう、ファイン。貴女、やっぱりそういうのがタイプなのかしら?」
「プルちゃん、そんなんじゃないってば!」
耳を赤くして否定するファイン。緊張感に欠けるいつものやり取りを見て、グレースは不安を募らせていた。
どんなに良い人材がいたとしても、自分たちの抱えるデメリットを許容してくれるのか。
更にこれが一番の問題かもしれない、他人には聞こえない会話をする武具たちのことだ……。
コンコンコン。ドアがノックされ、一人目の候補者が入室してくる。
銀縁の眼鏡をかけ、髪をきちっと整えた、いかにもインテリといった風貌の若い男性が名乗る。
「初めまして、私はスクワート・メットカーフ。セクレタリアトの英雄にお会いできて嬉しく思います」
見かけによらず嫌味のない爽やかな挨拶に、プルが食いつく。
「はい、採用ですわ」