再び声がかかり中に入ると、エルザの髪は綺麗に
「具合はどうだ?」
「見ての通り、散々なやられようよ。最近、貴方と会う時は私、いつも情けない姿ね……」
「そんなことはない。君があいつを食い止めてくれていなかったら、もっと被害が出ていただろう。情けなくなんてない」
「ありがとう。ちょっとポイントがズレてるんだけど、まあいいわ」
何がいけなかったのか分からないグレースだが、エルザは彼の鈍感さを熟知しているためさらりと流す。
「あの怪物、いったい何者だったの?」
「奴、インリアリティは自分を魔王だと言っていた」
「魔王? あのおとぎ話の?」
「らしい。1,000年ぶりだの言っていたから、復活したんだろう」
「確かにあれだけ化物じみた力、魔王というのも納得せざるを得ない、か。その魔王を倒した貴方はもっと化物なのかもしれないわね」
無邪気に笑うエルザ。肉体的に傷は受けているが、心は全く折れていないことにグレースは安堵する。
「よしてくれよ、知っての通り俺はただの人間だ。仲間に恵まれただけさ」
「聞いたわ、女の子とパーティを組んでるんですって? その子も魔王に大きなダメージを与えたそうじゃない」
急に機嫌が悪そうになるエルザだが、グレースはピンときていない様子で返す。
「ファインも本当に頑張ってくれたよ。それに、こいつもな」
腰に付けたアロンの鞘をぽんと叩くグレース。
「そのナイフ、呪われてるんじゃなかったの?」
「ひえー、俺様、心外。言ってやってくれよ、グレース。俺様の真の力のことを」
「こいつのせいでピンチになったが、こいつのお陰で奴に勝てた」
「なんだよその言い方。素直じゃねえなぁ」
「よく分からないけど、貴方、いえ、貴方たちはこの街を救った英雄よ」
「だろだろ? もっと褒めて、エルザちゃん~!」
当然、アロンの声はエルザには届いていない。グレースは苦笑してから真剣な面持ちで言う。
「エルザ、よく聞いてくれ。敵は奴一人じゃない。魔王はこれからも蘇る可能性が高い」
「何ですって……!?」
「インリアリティが死に際に言っていたんだ。他にも魔王がいて、これから復活してくると」
「そんな……あんなのが何人も出てきたら、私たちは……」
重苦しい空気が部屋に漂う。そんな淀みを晴らすようにグレースは力強く宣言する。
「だから俺は魔王討伐の旅に出ようと思う。伝承をたどれば、先手を受てるかもしれない。できれば戦いは避けたいが、今回のインリアリティしかり、おそらく話し合いが通じる相手じゃないだろう」
黙って聞いていたエルザは一寸考え込んでから言葉を返す。
「私も行くわ」
「君が一緒に来てくれるのは本当に心強い。だが……」
「待って、それ以上は言わないで」
下を向き、どこか寂しそうな表情を浮かべるエルザ。そして吹っ切れたように顔を上げるとそこには笑顔が灯る。
「一緒に行く、なんて冗談よ、冗談。私にはやるべきことがある、そうでしょう?」
「そうだエルザ。絶対に今後、ギルド・アジャースカイの力が必要になる時が来る。今回は相手が自信家だったから一人で攻めてきたが、次は魔族の軍団でやってくる可能性も高い。一人や二人の力では対抗しえない敵に備えて、君はアジャースカイを立て直し、より強い組織にする使命がある」
「ええ、そうよ。魔王がまだ来るなら、私にしかできないことをする。次は私が貴方を助けるわ」
「ありがとう、エルザ」
グレースに向かい手を差し出すエルザ。グレースが握り返すと、力強く握り返される。
「また、会えるわよね?」
「もちろんだ。共に戦おう」
ひとしきり話をしてからグレースは部屋を出ていく。
グレース……本当は貴方と共に行きたかった。一緒に行こうと言って欲しかった……。
でも、私は私の方法で貴方の力になるわ。
エルザは窓の外から入る日の光を眩しそうに見つめた。
―――――
インリアリティの襲来から一週間。グレースは街の瓦礫撤去や救助活動を手伝いながら、世界に残る伝承を調べ魔王の情報を集めていた。
ファインの傷も癒え、退院の準備を進めていた。
「こんにちは、少しいいかしら?」
「はい、あなたは……」
ファインに話しかけた声の主はエルザだった。彼女も歩き回ることができるまで回復していた。
「貴女がファイン・ココットさんね?」
「ええ、そちらはエルザさん、ですよね?」
二人の視線が交錯する。
「先の戦いでの活躍、アジャースカイのギルドマスターとしてお礼を伝えに来たの」
「わざわざ、ありがとうございます。私はグレースに力を貸しただけですし、エルザさんたちの奮闘があっての結果です」
エルザの視線はファインの頭の先からつま先までを行ったり来たりする。ファインはやや怪訝な表情を隠せない。
「この街を救ってくれたのはもちろんのこと、グレースを助けてくれて感謝しているわ」
「私と彼はパーティーメンバーですから、助けるのは当然です」
二人の間にぴりついた空気が流れる。沈黙を破ったのはエルザだった。
「パーティーメンバー、ね。じゃあ、彼を男として見ている訳じゃないのね?」
「お、おとこ、ですか!?」
ふいな質問に大いにあたふたするファイン。そんなこと考えたことがなかった。
でも、改めて問われてみると、完全には否定できないという想いも自覚する。
「そういうエルザさんはどうなんですか?」
「私はグレースのことを大切に想っているわ」
「それは、男として、なんですか?」
「……幼馴染として、そして、仲間として大切な存在よ」
エルザは笑顔だが、言葉と表情の中には複雑な感情があることをファインは感じ取る。
「私も彼を仲間として大切に想っています。それ以上は……今は分かりません」
「そう。それじゃあ、もう一つ聞かせて。貴女は何のために戦うの? グレースはこれからまた強大な敵に立ち向かっていく。その覚悟が貴女にもあるのかしら?」
エルザの目は強い意志を放っている。彼女自身の覚悟、やるべきことがはっきりと分かっているという目だ。
「私は……私はグレースのようには戦えません。一人では何もできない。いつも彼やこの子に助けられてばかりです」
ファインは腕のガントレットを優しくさする。
プルちゃん、貴女がいるから私は戦える。でも今なら分かる。プルちゃんの力は私の意志で強くも弱くもなる。だったら……。
「私は戦います。どんなに怖くても、逃げ出したくても、グレースとこの子と一緒にみんなを守ります」
ファインはインリアリティによって殺された人々、破壊された街並みを思う。
もう二度とこんな悲劇は起こさせない。グレースがそうするからじゃない、私の意志で戦う!
「思った以上にいい目をするわね。よく分かったわ、お互いに出来ることを頑張りましょう。グレースをよろしく頼むわ」
「はい」
どちらとともなく、握手を交わす二人。ギスギスした雰囲気は晴れ、笑顔の花が咲く。
それぞれができることを懸命にやっていく。グレースの存在の大きさは否定しないが、己の意志で戦うことを選んだ二人には友情に似た関係性が芽生えていた。
そんなやり取りを見て、プルが小さく呟く。
「なんだかんだでモテモテね、グレースは。ま、確かにいい男ではあるわ。彼の鈍感さが今後どう出るか、楽しみだわ」