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第14話 覚醒 アロンダイト

「なんだっ?」

「奴の左の方にエルザが使っていた剣が落ちてるだろ。あれを使うんだ」


 グレースが目を向けると、確かにインリアリティの近くにエルザのものと思われる剣が転がっている。


「知っているだろう、俺はお前以外の武器は使えない」

「だから、俺様を破壊するんだ。あんたの力なら、きっとできる」


 アロンは淡々と、しかし確固たる意志をもった口調で言う。


「何を言っている、そんなことをしたらお前は……」

「いいんだ。卑怯者の俺様に出来ることはそれしかない。俺はもうあんたが傷つくところを見たくないし、ファインやプルにも助かってほしい」


 アロンの言葉は懇願の色を濃くしていく。普段の軽白で臆病なアロンとの違いにグレースは尻ごむ。


「さっきから誰と話しているのかと思えば、その腰のナイフ、しゃべりおるのか」


 インリアリティの腕は拳の再生を残すのみというところまで回復している。


「あいつにもアロンの声が聞こえるのか」

「そうみたいだな。魔王様にはなんでもありなんだろ。グレース、今はそんなことより、さあ早く、俺様を壊せ……!」


 例えエルザの剣を使ったとしても奴を倒せるかは分からない。だが拳による攻撃では奴に致命傷は与えられない。

 残された可能性に賭けるならアロンの提案を飲むしかないのか……? だがっ……!


「馬鹿野郎っ! 俺たちは相棒じゃないのかっ!? 確かにお前のせいで無茶苦茶戦いにくいっ! だが今は逃げられない、逃げちゃいけない! 奴を止められるのは、俺とお前だけだっ!」


 皆を救うためにアロンを犠牲にすることはできない、それがグレースの出した結論だった。

 何より、もう一つの可能性に賭けてみたいという思いが強かった。


「思い出せ、俺たちが初めて戦った時のことを。ダークドラゴンの皮膚をお前は切り裂いた。一発しかくれてやることはできなかったが、鋼鉄よりも固いドラゴンの皮膚にもお前は負けなかった! お前は強い! 今こそ、俺と共に戦ってくれっ!!」


 グレースはあの時のことを鮮明に思い出していた。鋼鉄よりも固いドラゴンの体を、アロンは、このナイフはやすやすと切り裂いた。

 刃渡りこそ足りないが、切れ味は並みの武器ではないことをグレースは知っている。


「俺様は確かに固いよ、グレース。でもな、気持ちが、ついてこないんだ……俺はみんなのように勇敢に戦うなんてできないんだよ……」

「アロン、お前は争いをなくすために作られた、そうだろう!? 自分が生まれた役割を果たす時は今じゃないのかっ!?」


 己の言葉によって、ナイフであるはずのアロンが身震いするのをグレースは感じる。


「その通りだ、グレース。だけどな、争いをなくすどころか俺のせいで国は滅び、命を与えてくれた人も俺自身が殺したんだ! これ以上、誰かが傷つくのは見たくない……!」

「なら俺に力を貸せ、アロンっ! 俺は死なんっ! ファインもプルも、エルザもこの街も、二人で守るんだ!!」


 ドクン。グレースの檄に、アロンの中で何かが目覚める。


「さあ、終わりの時間だ。大丈夫、すぐにあの世で全員会える」


 既に完全に傷が癒えたインリアリティは、両足を踏ん張り、両こぶしを胸の前に掲げ力を溜め始める。

 闇より深い漆黒のベールに赤い閃光が混じった禍々しいオーラが模られていく。


「グレース……足手纏いで臆病な俺様を、信じてくれるのか……?」

「勇気が足りないと言うなら俺が分けてやるっ! 俺はお前を信じる! お前も俺を信じろっ!!」


 グレースの体から眩い光が漏れ出てくる。猛々しい闘気が炸裂し、すでにボロボロだった衣服は消し飛んでいく。

 残ったのは腰のナイフと、白いふんどし一丁。 


「グレース! あんたの勇気を、俺に分けてくれっっっ!」

「うおおおおおっっっっ!!!」


 闇夜を貫きグレースの青白い闘気が天高く昇っていく。そして莫大なエネルギーがアロンへと送り込まれていく。


「どう足掻こうがこれで終わりだっ! 受けろっ、ジェノサイド・エクスプロジオン!」


 インリアリティが放った漆黒と赤い閃光が入り混じった塊は、巨大な円を描いたかと思えば、楕円になり、アメーバのように無作為な形になり、カオスを象徴するかのように形を変えながらグレースとアロンへと迫っていく。


「はああああぁぁぁぁっ!!」


 グレースは腰に付けたアロンを握り、鞘から解き放つ。


 ザンッ!


 グレースの闘気を纏ったアロンは、まるで超巨大な大剣のように爆発的に成長し、インリアリティの攻撃を一閃の元に消滅させる。


「なにいっ!?」


 これまでのように相手を侮ったわけではなく、紛れもなく全力で放った一撃を両断、消し飛ばされたインリアリティはひどく狼狽うろたえる。


「いくぞアロンっ!!」

「おうよっ、相棒!!」


 最後の力を振り絞り、インリアリティへと跳躍するグレース。先ほどの攻撃の反動でインリアリティの動きは鈍い。


「やめろっ、くるなぁぁぁっっ……!」

「ひっさあぁつうぅぅ! アロンダイトっっっ!!」


 闘気を纏い5メートルをゆうに超えているアロンを振りかぶるグレース。全ての筋力を右腕に集中させ、一気に振り下ろす。


 ザシュッッ!!


 インリアリティの肩口に食い込んだアロンは、固い外殻を、肉体を切り裂き、脇腹から抜けていく。


「ぐはあっっ……!」


 大量の青い返り血がグレースに注がれる。インリアリティが受けた傷は深く、明らかに致命傷だ。


「やった、やったぞグレース!」

「ああ、魔王の最期だ」


 インリアリティは膝を地面に付けるが、腕で体を支え、倒れることだけは拒否する。


「くくくくく……グレースと言ったか人間。見事である。しかし! 余を倒したところで貴様ら人間に未来はない」

「どういうことだ!?」


「魔王は余だけではないのだよ。魔界には余の国に匹敵する国がまだある。その国の数だけ魔王がいる」


 確かに伝承でも強大な力を持つ魔族は一体ではなく、千年前に各地で魔王と熾烈な戦いがあったとされている。

 グレースを含め今を生きる人間には、それらはおとぎ話だという認識だった。しかしインリアリティという存在が現実にいたからには、他の魔王がいてもなんら不思議ではない。


「同士たちも近く目覚めるであろう。恐怖しろ、グレース。我ら魔族が必ず貴様を、人間を滅ぼしてくれるっ……! ぐふっ」


 口からゴボっと血を吐き、いつにインリアリティは地に伏す。そして体は塵となり、風に運ばれていく。


「こんな奴が他にもいるのかよ……」


 アロンの呟きも、インリアリティと共に風に乗って消えていった。

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