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第13話 逃げられない戦い

「逃げられない、だと……?」

「そうだ、哀れな人間。この場には結界が張ってある。魔王の御前から逃亡するなど許されないのだよ」


 先ほどまではグレースに一定の評価を与えていたかに見えたインリアリティだったが、己に背を向けたグレースに失望したという様子で淡々と語る。


「そんなことがあるのか……これが魔王の力……」

「絶望したか? 大丈夫だ、お前たちが死ぬという結果は何も変わらないのだから」


 グレースは小刻みに体を振るわせる。


「逃げられないのか、そうか、そうなのか! くくくくく、はーはっはっ!!」


 気が触れたように笑い出すグレース。インリアリティから見れば恐怖に呑まれ狂ったとしか見えない。


「仲間を見捨ててでも、そんなに助かりたかったか。哀れを通り越して怒りさえ覚えるぞ」

「アロンっ! 覚悟を決めろっ!」


 問いかけにアロンは答えないが、グレースは体が急に軽くなった感覚を得る。

 後退しようとしていた足は止まり、一歩、また一歩とインリアリティへ歩を進めていくことができる。


「うおおおおおっっ!!」


 再び突撃態勢に入るグレース。渾身の一撃は確かに止められたかもしれない。それでもダメージはゼロではなかった。

 奴が倒れるまで何度でも攻撃してやる! 俺はもう逃げない!


「ほお、まだ余に向かってくるか」


 グレースは左右に体を揺らしてリズムを刻みながら、インリアリティへと左右の拳を浴びせていく。

 隙間隙間で丸太のような足から繰り出されるキックも交えて、怒涛の攻勢に出る。


「こやつ、動きが変わった!?」


 先ほどまではあえて当てないようにしていたジャブもキックも的確に敵を捉えていく。

 仁王立ちだったインリアリティも流石にガードを固め出す。


 固いっ……! 岩をも砕くグレースの拳の皮膚は破れ、ジャブを放つ度に痛みが走る。

 最大の威力を誇る右拳を最適なタイミングで見舞うための左連打ではあるが、それでも一発一発は重く、相手が人間なら容易に吹き飛ぶ威力だ。


 それでもさしたるダメージは与えられないものの、攻撃に緩急が付き、インリアリティの意識が分散されていく。

 固い表皮に守られていながらも、グレースのボディブローは確実にインリアリティの内部に響いている。


 ガードが下がった瞬間を見逃さず、渾身の右ストレートを顔面にお見舞いする。


「ぐぬっ!」


 インリアリティが一歩、後退りする。効いている! グレースの拳はすでに血塗れになっているが、闘志は一切萎えていない。


「逃げられないなら、俺はいくらでも戦えるっ!」

「一体この人間は何なのだ……? 開き直ったというのか」

「違うな! これが本当の俺だっ!!」


 三度目のグレースの右が入る。感情の読めないインリアリティの表情にも痛みと焦り、怒りの色が浮かぶ。


「まだまだあっ!!」


 畳み掛けようと前に出るグレース。


「調子に乗るなよ人間がっ!!」


 インリアリティの全身から黒い霧が放出され、無数の棘になりグレースを襲う。


「ぐうっ……!」


 後方に飛びなんとか致命傷を避けたグレースだったが、体のいたるところに裂傷を負う。


「塵にしてくれるっ!!」


 巨大な火球がインリアリティの頭上に生み出される。エルザたちを戦闘不能にした火球より遥かに大きく、周囲の空気を瞬時に呑み込み巨大化していく。


 グレースが恐れていた展開になってしまっていた。魔法を駆使して距離をとっての戦い。

 敵の慢心を突くことが活路だったが、決定打を与えられないまま本気を出させてしまった……。


 避けられるか…? 自分を一飲みするほど成長した炎を? しかもあれは爆発し直撃を避けられたとしても大ダメージを受けるのは間違いない。


「消えろっ!!」


 死の極炎がグレースに迫る。グレースはできるだけ後方に飛ぶ。すんでのところで交わし、なんとか直撃だけは避けるしかない……!


「グレースっ!!」


 迫り来る炎の前に立ち塞がったのはファインだった。


「プルちゃん、お願いっ! 耐えてぇぇっ!!」

「相手にとって不足はないわ! 勝つのはわたくしたちよっ!!」


 ファインは相棒である黄金に輝くガントレットを盾のように掲げる。

 炎気は空中で静止し、少しずつではあるがプルへと炎が吸い込まれていく。


「いける、いけるよ、プルちゃん!」

「ファイン、もっと闘志を高めなさいっ! わたくしに力をっ!」

「はああああっ!!」


 勢いが削がれていくインリアリティの火球に反比例するように、ファインとプルからほとばしるオレンジ色の闘気が膨れ上がっていく。


「生意気な、爆ぜろっ!!」

「ファイン!」


 インリアリティとグレースの叫び声が重なる。耳をつんざく炸裂音が轟き、ファインを中心に爆風が瞬時に広がっていく。

 しかし逆再生するかのように、すぐさま爆風はファインの方へと収縮していく。


「いくよっ、プルちゃん! リフレクション・ブーストっ!!」


 火球もその爆発力も全てを吸収したガントレットから、炎と雷が合体した巨大な塊が放出され、バチバチと触手を伸ばしながらインリアリティへと反射していく。


「なんだとっ……!?」


 ドンっ、という爆音と共に地面が鳴動する。直撃を受けたインリアリティを中心に空高く土煙が上がる。


「倒せた、の?」

「ファイン、まだだっ、気を抜くなっ!」


 インリアリティを覆う煙の中から、一本の槍になった闇がファインを襲う。

 グレースは後ろからファインへと走り寄るが、敵の攻撃速度がはるかに上回っている。


「きゃあっっっ!」

「あなたはわたくしが守るっ……!」


 ファインの意志に関係なく、ガントレットを付けた左腕がインリアリティの放った槍へと掲げられる。

 しかし槍はプルに吸収されることはなく、甲高い音を鳴らしてプルを貫き、ファインを後方のグレースのところまで吹き飛ばす。


「ファインっ!」


 グレースにぶつかるようにしてファインの体は止められるが、腕のガントレットは真っ二つに割れ、散りばめられた宝石も所々粉砕されてしまっている。


「無力な小娘と侮った余の不覚。なかなかの攻撃であったぞ」


 インリアリティの左腕は消失し、漆黒の全身から青い血が所々噴き出している。

 この戦いで最もダメージを負っているのがグレースにも見て取れた。


「なにやら不可思議な武具を用いたとは言え、余を傷つける人間が同時に二人も現れるとは、正直驚いたぞ。だがこの程度の傷、何の問題もない」


 インリアリティの左腕の付け根がうねうね蠢き、組織が再形成されていく。ファインとプルが与えた決死のダメージが、徐々に回復していく。


「化物め……ファイン、ファインっ!!」


 グレースの腕の中のファインは胸の辺りから出血が見られる。先ほどのインリアリティの攻撃はプルのガードによって勢いが弱まり、ファインを貫くことはできなかったが、それでも彼女に大きな傷を与えていた。


「ごめん、グレース……止められたなかったみたい……プルちゃんも、ごめんなさい……」


 ボロボロになったガントレットは、ファインの言葉にも何も反応がない。


「俺を助けるためにこんな無茶をしてっ……」


 グレースの言葉にファインはごほごほと苦しそうな咳をしてから、弱々しい笑みを浮かべる。


「わたしたち、パーティでしょう……? 私も戦う……あなただけに辛い思いはさせない……!」


 グレースの腕を押し、立ち上がろうとするファイン。服に出来た血の染みが広がっていく。


「分かっている、分かっているから、もう無理はしないでくれっ!」

「大丈夫、まだ、私はやれるわ……」


 グレースの体に手を伸ばし、懸命に体を起こそうとするファインだが、ついに気を失いグレースにもたれかかるようにして倒れる。


「よく戦った褒美にこの傷が治り次第、全力をもって貴様らをこの世から滅してやろう」


 インリアリティの左腕はすでに肘のあたりまで再生している。このままでは成すすべなく全滅は免れない……。


「グレース、聞いてくれ」


 ここまで押し黙ってきたアロンがグレースに語りかける。

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