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第12話 魔王からは……

 立ち上がったグレースよりも一回り大きなその男は、瞳のない赤い目を細め値踏みするような目線を送ってくる。


「人間なぞに名乗る名はない」

「化物めっ! 絶対に許さんっ!! ファイン、この人を頼む!」

「う、うんっ……」


 こんなに激情したグレースを見るのはファインにとって初めてだ。全身を覆う闘気がビリビリと伝わってくる。

 でもあの敵はそれ以上に強大で禍々しいオーラをまき散らしている。彼でも勝てるかどうか……。


「くおおおおぉぉぉぉ!!」


 グレースは全ての力を右の拳に込める。許されるのは一撃のみ。もし逃げが発動してしまえば、ファインとプルでもこの場を持ち堪えることはできないだろう。

 そうなればファインも、エルザも、他の仲間たちも命はない……。


 もっと、もっとだ! この拳に全てを乗せるんだ!!

 グレースからほとばしる闘気が青白い柱となり立ち上がっていく。


「思ったよりも骨がありそうだな。面白い、1,000年ぶりに血が沸くぞ人間!」


 先ほどまでの見下したかのような色ではなく、獲物を狩る鋭さが男の目に宿る。

 グレースは一気に加速し男との距離を詰める。


 確かにこの敵は強い。エルザたちに致命傷を負わせた火球も、恐らくこいつの全力ではない。

 魔法を主体に使われれば、ごく近距離でしか戦えないグレースに勝ち目はない。


 しかし唯一、勝機があるとすれば自分がこの世で一番強いと考えているような傲慢さからくる油断を付くことだ。


 実際、グレースが力を溜めている時も、近づいた今も魔法を使う様子はなく、あくまで受けてやるといった態度を崩していない。


 戦いに身を置く者としては舐められるのは癪にもさわるが、グレースにとっては千載一遇の好機だ。


「ふっ!!」


 グレースは踏み込んで左ジャブを繰り出す。男は避けるでもガードするわけでもなく、直立不動のままだ。


 シュッ、シュッ。


 風を切る音が何度か戦場を舞う。グレースはあえてジャブを当てないようにしていた。当ててしまえばそこで逃げが発動するから、牽制にしか使えない。


 奇妙な攻撃を仕掛けてきた敵に対して男はやや警戒の色を濃くし、鋭い目線をグレースに送り続けている。

 その目に射貫かれているだけでグレースの背筋には冷たいものが走る。なんというプレッシャーだ……。


「どうした? 空を切ってばかりでは私は倒せぬぞ」

「ふんぬっ!!」


 グレースは左足を軸にし、腰の回転力を右足に乗せ、男のわき腹目掛けてミドルキックを放つ。

 丸太のような足から繰り出されるキックの威力が想像できたのだろう、男の意識がほんの少し下半身へと向かう。それをグレースは見逃さない。

 足の筋肉に命令を出し、なんとかヒットする寸前で止める。


「はああああぁぁぁ!! 爆砕拳っっっ!!」


 闘気を集約させたグレースの右拳は、青白いオーラで光輝く。

 全身の筋肉、バネ、体重、想い、己の全てを乗せた右ストレートを男の顔面に叩き込む。


 インパクトの瞬間、昼間と見間違うような光が広場を包み、追って衝撃波が広がっていく。

 周囲の瓦礫が吹き飛び、破片が後方のファインにまで注がれる。


「やったの、グレース……!?」


 先日ゴーレムを粉砕した一撃よりも、遥かに威力が高まっていたことはファインにもすぐ分かった。それだけグレースがこの一発に賭けていたことも。


 光と煙が晴れ、二人の様子がファインからも確認できる。グレースはストレートを放った体勢のままで、男の立ち位置も変わっていない。


「余の身体に傷を付ける人間がまだいたとはな。誠に面白いぞ、人間」

「くっ……!」


 男はグレース渾身の一撃を片手で止めていた。その左手は指が折れ曲がり、骨が剥き出しになっている箇所もある。青色の血が男の手から滴っている。


 しかし致命傷にはほど遠く、一撃で仕留める必要があるグレースにとっては敗北に等しい止められ方だった。


 男は負傷した己の手を興味深く眺めてから言葉を投げる。


「どうだ、この魔王インリアリティのしもべにならぬか」

「魔王だとっ……!?」


 遥か昔、魔界から魔族の軍勢を率い人間を滅ぼさんとした魔王。しかし魔族は人間に敗れ、魔王も消滅したはずでは……。

 だがこの男の力は魔王を名乗るにふさわしいのも事実だ。


「くっ……!」


 グレースは考えをまとめる間もなく、強制的に体が後方に引っ張られていく。


「頼む、アロンっ! 今だけ、今だけは逃げないでくれっ!」

「すまない、グレース。俺様の意志では止められないんだ……」


 男に背を向け走り出すグレース。


「余の見込み違いであったか。己の命が一番大事か。なんとも浅ましい。だが」


 グレースは逃げながらファインへと叫ぶ。


「俺は戻る、必ず戻る! 絶対に死なないでく……がっ!」

「どうしたのグレースっ!?」


 何かにぶつかる衝撃でグレースの体が止まる。足はなおも戦場から逃れようと勝手に動くが、壁にぶつかってそれ以上動けないように空回りする。

 しかし壁などなく、何もない空間で足止めされる様はパントマイムのようだ。


「何だ!? アロン、何かしたのか!?」

「俺様は何もしてない。こんなのは初めてだ……」


 グレースは体を回転させ、魔王の方を向く。見えない壁が支えになり、前を向くことができたが、やはり足は敵から遠ざかろうとし、前進はできない。これでははりつけだ。


 それを見たインリアリティと名乗った男は、興を削がれたという様子で言葉を発する。


「知らなかったのか? 魔王からは逃げられない」

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