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第11話 惨状を生みし者

「うわああぁぁっっ……!」


 グレースたちが城塞都市セクレタリアトへと近づくに連れて、我先にと遠くへと逃げようとする群衆が増えていく。


 夕食の支度をしていたのか、エプロン姿のまま子供を連れている母親や、鎧を着た冒険者風の男、老人を背負った若者などが入り乱れる。

 その流れに逆らって都市へと向かうのは、グレースとファインを乗せた馬一頭のみだ。


「こんな……ひどい……!」


 ファインが唇を震わせる。市外へと入った二人が見たものは、変わり果てたホームタウンの姿だった。

 メインストリートに並んでいた石造りの店は軒並み破壊され、瓦礫が散乱している。


 住居が密集する方向からは火の手が上がり、白みを帯びた煙が完全に日の落ちた漆黒の空を染め、焦臭さが広がっていく。

 助けを呼ぶ叫び声があちこちから聞こえ、逃げ遅れた人々が恐慌をきたす。


「おいっ! 何が攻めてきたんだっ!? 敵はどこだっ!?」


 グレースが路上で呆然と立ち尽くす男に問う。


「あ、あれは、バケモンだ……人間じゃない……たった一人で全てを破壊する、悪魔だ……」


 馬を借りた冒険者も化物という表現を使っていたが、たった一人でこのような惨状を作り出す存在とは一体……。

 ドラゴンを遥かに凌駕するであろう敵に、流石のグレースも冷や汗が噴き出す。


 どこにもモンスターや敵兵と思われる姿は見当たらず、集団で攻めてきている様子はない。本当に相手は一人なのだろう。


 その時、都市の中心部にある広場の方向から凄まじい爆発音が轟く。例の化物とやらの仕業に違いない……!


「ファイン、ここからは走るぞ!」

「う、うん!」


 瓦礫が邪魔をして馬では上手く移動ができないため、下馬して広場を目指す。


「ひいっ……!」

「見るなっ! 今は前だけ見て走るんだ!」


 打ち捨てられている死体を目にしたファインが悲鳴を上げる。

 視線を周囲に向ければそこら中に黒焦げになった遺体があり、崩れた建物の下から腕だけが伸びており、血だまりを作っている場所など、地獄絵図が広がっている。


 歯を食いしばり走るグレースと、半ば目をつむりながらなんとか付いていくファイン。二人は広場の入口へと差し掛かる。


 先を行くグレースの目が捉えたのは、過去に幾度となくその背を見てきた深紅のビキニアーマーに赤い髪、エルザの姿だった。


 彼女は生きていた……! 逃走した冒険者は赤い戦姫ことエルザもやられたと言っていたが、混乱の中での誤報だったようだ。


 エルザの脇をタンク役であるアレクスと魔導士ニーナが固めている。

 グレースは旧知の戦友たちの無事に安堵するが、三人とも深手を負っているようで、肩で息をしている。


 広場にはアジャースカイのメンバーと分かる冒険者たちが何人も倒れている。総勢50名を超えるギルドは全滅の危機に瀕していた。


 怒りと悲しみが爆発的に湧き上がるグレースの目は、エルザたちに相対している一人の人物に注がれる。


 青みを帯びた黒い肌が、周囲の炎で照らされ陰影を描く。頭から伸びた乳白色の二本の角が、人外の存在であることを現す。


「余はもう飽きた。消えろ」


 男の手のひらの上に、直径1メートルほどの光の玉が形成される。玉の周囲を、バチバチと雷のような閃光が幾重にも走る。


「あなたたちは逃げてっ!」


 自身の足取りもおぼつかないエルザが、両脇の仲間へと叫ぶ。


「俺の役目はあんたを守ることだ! 絶対に引かん!」


 一歩前へと出たアレクスは、両手に持った盾を地面に突き刺し固定する。


「そゆこと。プロテクション・ヘカテ―女神の加護!」


 ニーナが魔法防御の呪文をかけ、虹色の膜が三人を包む。


「人間はその散りざまが最も美しいものだな」


 男は軽くボールを投げるように、光の玉を三人目掛けて放る。グレースは駆け出そうとするが、一瞬にして大爆発が起こる。


 太陽が降臨したかのような眩い光が辺りを包み、続けて炸裂音が鼓膜を容赦なく叩く。

 グレースは咄嗟にファインを抱きかかえるようにして守るが、爆風を受ける背中に何か大きなものが当たり、よろめく。


「大丈夫か?」

「うん……私はなんともないわ」


 ファインの無事を確かめ、周囲に目を凝らすグレース。土煙が晴れていくと、先ほど自分に当たったのが何だったのか分かる。


「エルザ……エルザ!!」


 全身傷だらけで血にまみれたエルザが転がっていた。グレースは彼女に駆け寄り、頬を優しく撫でる。

 かろうじて息はしているが、その呼吸は今にも止まりそうなほどか細い。


「エルザぁぁぁ……!!」


 グレースの悲痛な叫びに、エレザがうっすらと目を開ける。


「グレース……? 私は、夢を見ているの……?」

「そうじゃないエルザ! 死ぬんじゃない!」

「逃げ、て……グレース……」


 涙を一筋流して、意識を失うエルザ。グレースは凍り付いた表情で彼女の胸元に耳を当てる。

 鼓動が止まりかけている……一刻も早く治療しないと取り返しのつかないことになる……!


「まだゴミがいたのか」


 感情のこもっていない冷たい声にグレースは顔を上げる。

 惨状の主は、地面に突っ伏してぴくりとも動かないアレクスを片腕で持ち上げ、遠くへ投げ捨てる。その先にはニーナも倒れている。


「貴様っ……! 何者だ!?」

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