「うわああぁぁっっ……!」
グレースたちが城塞都市セクレタリアトへと近づくに連れて、我先にと遠くへと逃げようとする群衆が増えていく。
夕食の支度をしていたのか、エプロン姿のまま子供を連れている母親や、鎧を着た冒険者風の男、老人を背負った若者などが入り乱れる。
その流れに逆らって都市へと向かうのは、グレースとファインを乗せた馬一頭のみだ。
「こんな……ひどい……!」
ファインが唇を震わせる。市外へと入った二人が見たものは、変わり果てたホームタウンの姿だった。
メインストリートに並んでいた石造りの店は軒並み破壊され、瓦礫が散乱している。
住居が密集する方向からは火の手が上がり、白みを帯びた煙が完全に日の落ちた漆黒の空を染め、焦臭さが広がっていく。
助けを呼ぶ叫び声があちこちから聞こえ、逃げ遅れた人々が恐慌をきたす。
「おいっ! 何が攻めてきたんだっ!? 敵はどこだっ!?」
グレースが路上で呆然と立ち尽くす男に問う。
「あ、あれは、バケモンだ……人間じゃない……たった一人で全てを破壊する、悪魔だ……」
馬を借りた冒険者も化物という表現を使っていたが、たった一人でこのような惨状を作り出す存在とは一体……。
ドラゴンを遥かに凌駕するであろう敵に、流石のグレースも冷や汗が噴き出す。
どこにもモンスターや敵兵と思われる姿は見当たらず、集団で攻めてきている様子はない。本当に相手は一人なのだろう。
その時、都市の中心部にある広場の方向から凄まじい爆発音が轟く。例の化物とやらの仕業に違いない……!
「ファイン、ここからは走るぞ!」
「う、うん!」
瓦礫が邪魔をして馬では上手く移動ができないため、下馬して広場を目指す。
「ひいっ……!」
「見るなっ! 今は前だけ見て走るんだ!」
打ち捨てられている死体を目にしたファインが悲鳴を上げる。
視線を周囲に向ければそこら中に黒焦げになった遺体があり、崩れた建物の下から腕だけが伸びており、血だまりを作っている場所など、地獄絵図が広がっている。
歯を食いしばり走るグレースと、半ば目をつむりながらなんとか付いていくファイン。二人は広場の入口へと差し掛かる。
先を行くグレースの目が捉えたのは、過去に幾度となくその背を見てきた深紅のビキニアーマーに赤い髪、エルザの姿だった。
彼女は生きていた……! 逃走した冒険者は赤い戦姫ことエルザもやられたと言っていたが、混乱の中での誤報だったようだ。
エルザの脇をタンク役であるアレクスと魔導士ニーナが固めている。
グレースは旧知の戦友たちの無事に安堵するが、三人とも深手を負っているようで、肩で息をしている。
広場にはアジャースカイのメンバーと分かる冒険者たちが何人も倒れている。総勢50名を超えるギルドは全滅の危機に瀕していた。
怒りと悲しみが爆発的に湧き上がるグレースの目は、エルザたちに相対している一人の人物に注がれる。
青みを帯びた黒い肌が、周囲の炎で照らされ陰影を描く。頭から伸びた乳白色の二本の角が、人外の存在であることを現す。
「余はもう飽きた。消えろ」
男の手のひらの上に、直径1メートルほどの光の玉が形成される。玉の周囲を、バチバチと雷のような閃光が幾重にも走る。
「あなたたちは逃げてっ!」
自身の足取りもおぼつかないエルザが、両脇の仲間へと叫ぶ。
「俺の役目はあんたを守ることだ! 絶対に引かん!」
一歩前へと出たアレクスは、両手に持った盾を地面に突き刺し固定する。
「そゆこと。
ニーナが魔法防御の呪文をかけ、虹色の膜が三人を包む。
「人間はその散りざまが最も美しいものだな」
男は軽くボールを投げるように、光の玉を三人目掛けて放る。グレースは駆け出そうとするが、一瞬にして大爆発が起こる。
太陽が降臨したかのような眩い光が辺りを包み、続けて炸裂音が鼓膜を容赦なく叩く。
グレースは咄嗟にファインを抱きかかえるようにして守るが、爆風を受ける背中に何か大きなものが当たり、よろめく。
「大丈夫か?」
「うん……私はなんともないわ」
ファインの無事を確かめ、周囲に目を凝らすグレース。土煙が晴れていくと、先ほど自分に当たったのが何だったのか分かる。
「エルザ……エルザ!!」
全身傷だらけで血に
かろうじて息はしているが、その呼吸は今にも止まりそうなほどか細い。
「エルザぁぁぁ……!!」
グレースの悲痛な叫びに、エレザがうっすらと目を開ける。
「グレース……? 私は、夢を見ているの……?」
「そうじゃないエルザ! 死ぬんじゃない!」
「逃げ、て……グレース……」
涙を一筋流して、意識を失うエルザ。グレースは凍り付いた表情で彼女の胸元に耳を当てる。
鼓動が止まりかけている……一刻も早く治療しないと取り返しのつかないことになる……!
「まだゴミがいたのか」
感情のこもっていない冷たい声にグレースは顔を上げる。
惨状の主は、地面に突っ伏してぴくりとも動かないアレクスを片腕で持ち上げ、遠くへ投げ捨てる。その先にはニーナも倒れている。
「貴様っ……! 何者だ!?」